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【レビュー】坂口恭平『土になる』――書籍の物質としての手触りや、重さを想像しながら。

 

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 坂口恭平@zhtsss)という人がいる。「という人」というのも変だが、建築家/音楽家/画家/文筆家(他にもあるかもしれない)……と、一種のマルチクリエイターみたいな方で、でも「マルチクリエイター」なんて呼び名が似合わない方だとも思える。わたしは「坂口恭平」という名前は知ってはいたが、彼の作品に触れたのはつい最近で、それも、Amazon Music Primeでアルバムを一枚(『アポロン』)、「音読ブラックスワン」というポッドキャスト*1で著作土になる』の10ページくらいの抜粋を聴いただけで、アマゾンプライムの年会費は払っているものの、作品に対価を支払った、とまでは言えない(と、わたしは思っている)。

 

アポロン

アポロン

Amazon

 

 クリエイターに対して、作品に一対一対応するかたちで対価を支払わないうちは、受け手である自分のことを「ファン」とは呼べない(と、わたしは思っている)。「(と、わたしは思っている)」と括弧書きで二度、繰り返したのは先日、妻と小学生の息子に、「それは違う」「受け手にも色々な事情があるのだから、お金云々は言い過ぎだと思う」と諭されたからだ。ちなみにわたしは「論破」ということばは好みではないから使いたくないので、「諭された」と書いた。このことは、「募りはしたが募集はしていない」という迷言を残した元首相・現役国会議員と同様の欺瞞ではない。と、わたしは思っている。妻と息子のいうことも尤もだと思う。

 

 ――という前段落は脱線で、とにかくわたしは、坂口恭平という人が気になっている。対価は支払っていないが触れたふたつの作品、『アポロン』『土になる』がとても良かったからだ。『アポロン』の「あの声」という1曲のたった3分54秒のあいだに、「音読ブラックスワン」で編集者の若林恵さん*2の読む、たった9ページ、20分ちょうどの朗読のあいだに、わたしは泣きそうになった。ちょっと泣いたかもしれない。「泣いた」からいい作品だとは、一般論としてはわたしは全然思っていない。「泣いた」「泣ける」という惹句を用いる宣伝手法は大嫌いなくらいだ。

 

 坂口恭平の「あの声」という曲も、『土になる』のp.70〜78の、「音読ブラックスワン」での朗読部分も、文章としての、音楽としての技巧を凝らしているのに、物凄く率直なものに聴こえる。エモくないのに、エモいのだ。エモーショナルな歌詞やテキストではあると思う。でも、正しく置くべきところに置くべき言葉を配置して、構築した歌であり、テキストだと、わたしには感じられた。どこがどう、とはいまは書けない。だから涙が出たのかもしれない。

 

 坂口恭平はわたしと同い年(1978年まれ)、同学年。43歳。わたしは人並みに? 20代の若さで自ら逝った友人もいるし、病死した知人もいる。

 

 わたしにはいま、お互いに連絡を取り合うという意味では、友人と呼べる人は数えるほどしかいないが、そのうちのひとりは、時々、LINEで別の友人たちの近況を教えてくれる。たとえばそれは、○○コンサルタントで、メディアでも活躍している別の友人が、テレビ出演しているところの画面ショットであったり、自衛隊からホームレスに、ホームレスからダンサーに転身した友人の公演やテレビ出演のことであったり、彼らと、彼らについて教えてくれるその友人とのエピソードであったりする。その二人とはわたし自身は、現在通信はない。わたしは彼の時々送ってくれる、そのLINEメッセージが好きだ。彼らは皆、高校の同級生だ。そして高校時代の一番の親友だった(と、わたしは思っている)彼をわたしは、心から信頼している。

 

 これを書き終えたら、まずは坂口恭平さんの『土になる』を買おうと思う。本当なら店頭で、書籍の物質としての手触りや、重さを感じながら買いたいが、Amazonでポチッてしまうかもしれない。この文章は、読む前に、CDを買う前に書いた、坂口恭平作品に対するレビューである。わたしは最低でもわたし自身に約束するが、『土になる』は素晴らしい散文作品だ。

 

tsuchininaru そしてちょうど、この記事のアップロード作業をしているそのときに、手許に『土になる』が届きました。料理研究家・土井善晴さんの帯文「土になった坂口恭平の目玉を借りて、僕らは日頃見えないものを目の当たりにするのだ」も素敵で、これから読むのが楽しみです。


土になる

土になる

Amazon

坂口恭平『土になる』は文藝春秋刊。単行本版、電子書籍版がある。

 

【以前の記事から:2021年リリースの書籍からの、マイ・ベスト3。】

写真/絵画/散文/野鳥/文化人類学/そしてひちょり。――2021年ソトブログのマイ・ベスト・ブックス。 - ソトブログ

 

 

【当ブログの読書についての記事一覧はこちら。】

*1:正確には、コンテンツメーカー、黒鳥社のポッドキャスト「blkswn radioの1コーナー

*2:(『土になる』の編集者ではなくて、「音読ブラックスワン」で様々な新刊書を朗読されているのが若林恵さんという、本業は編集者の方なのだ)