ソトブログ

文化系バーダー・ブログ。映画と本、野鳥/自然観察。時々ガジェット。

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日々のレッスン #021――食べ物の反芻はできないけれど、気持ちならそれができる。(ft. Bird Songs in Apple Music)

 

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写真は西村伊作記念館にて(2022.6)

 

「不測の事態ほど苦手なものはないんですよ。」
 とわたしがいうと、
「そんなの、得意な人っているの?」
 とハジメちゃんが答えた。三人で話していると、意識せずとも二人に向かってではなくて、そのうちの一人に向けて話しているみたいになっていることがあって、しおりさんじゃなくてハジメちゃんが答えてくれたのはわたしには意外なことだった。しかし、
「<フソクノジタイ>って想像できんってこと?」
 と続けたのはもうすぐ八歳になるチャーちゃん。三人で話しているつもりになっているのはわたしたち大人だけ(か、あるいはわたしだけ)で、ファクトはチャーちゃんも入れて四人だった。チャーちゃんはわたしが子どもの頃のように、「オトナがわからない話をしている」というふうには思わないでいて、聞こえてくる話の断片、ことばの欠片に当意即妙に反応するのはチャーちゃんらしさ、子どもらしさといってよかった。

 

 わたしはだいたいいつも本を読んでいるが、本を読んでいるとどんなにいい本でも人間のことばかり、自分=書き手のことばかり書かれていてうんざりすることがある。対象について書かれた論文みたいなテキストであっても、書き手が自分の専門分野について語るということは、やはり自分語り、人間語りではないか。――ただし、そう捉えてしまうのは書き手のせいというよりこちらのコンディションの問題だろう。
「いまここ」の不穏さ、あるいは直面していたり、これから起こり得たりする不測の事態を避けたい気持ちから、現代のことについて書かれた本を読むことが多い。わたしが人間だから、人間のことが、人間が集まってできた社会のことについて書かれた本を読むことが多いのだとも思える。

 

「自分の気持ちも、人の気持ちもワカラナイわたしなんかは、自然科学に没入、俗世を離れた学究を追求。的な生き方をしたらよかったのかな、って思うこともあるんです。」
「韻を踏みつつ軽々しくいえることじゃないよ。」とハジメちゃん。
「それは勿論だけど。」
「でもこのおしゃべりは好きなんでしょう。」
 しおりさんがいった、しおりさんは綺麗な手をしている。それ以上具体的な表現や、何かの比喩やアナロジーで言い換えられないような手。
「それはやっぱり、しおりさんとハジメちゃんだから。それにチャーちゃん。」
「水、もう一杯。」
 チャーちゃんがいった。チャーちゃんは何でも食べるが、飲みものはほとんど水しか飲まない。チャーちゃんが大人になる頃、十数年後のわたしたちは、何を食べて何を飲んでいるんだろう。どんな場所で。そこはここみたいな、居心地のよいお店で、好きも嫌いもあるがずっといたいと思う街なのか――という思いは思いのまま辺りに漂わせたままでいて、わたしはお店の人に声をかけた、
「お水をひとつと、あとルイボスティーのメニューをもう一度、見せて下さい。」
 いいながらもうわたしはわたしの日常に起こっている<不測の事態>をここにいるみんなにどんなふうに説明したらいいか、わたしがそれに対してどう感じているのか、あるいはそもそも今回の<不測の事態>というひとまとまりの事態、事象とは何なのか。自分にもわからなくなっていた。ある場合にはそれは不都合なことなのかもしれないが、今この場所、この空間、このわたしたちが何かの<恩寵>の下に護られているなら――あるいはわたしたち自身がそれを作り出しているといってもいい――、それでいいのだ。それでいいのだ。と思いながらわたしは小さく笑った。チャーちゃんは子どもらしく、それを見逃さなかった。しおりさんとハジメちゃんもオトナらしく、見逃していなかった。三人で、
「侑ちゃん、何笑ってんの?」

 

 わたしはことさらクールな顔をして、腕組みして、「なーんにも。」と返していたら、ルイボスティーとお水が運ばれて来るのが見えた、わたしはこの店の日替わりのルイボスティ―のフレーヴァーを想像して、今日はこれでいいのだ、と気持ちを反芻した。人間だもの。食べ物の反芻はできないけれど、気持ちなら、それができる。

プレイリスト「2023.03_魚の骨 鳥の羽根」

※以下、選曲は全て、「演者/曲名」で表記しています。
※下記プレイリスト名のリンクより、Apple Musicで聴くことができます(Apple Musicのメンバーシップが必要です)。

2023.03_魚の骨 鳥の羽根」(選曲:ソト

M01. U-zhaan & 坂本龍一/energy flow
M02. cero/魚の骨 鳥の羽根
M03. 羊文学/光るとき
M04. George Ezra/Green Green Grass
M05. Paris Hilton/Stars Are Blind
M06. agraph feat.ANi/unfld perpective (feat. ANI)[variation]
M07. Raquel Martins/Mountains
M08. Tchotchke/Ronnie
M09. The Boys/I Don't Care
M10. 怒髪天/100万1回ヤロウ
M11. David Bowie/Magic Dance
M12. 星野源/喜劇


羊文学「光るとき」Official Music Video (テレビアニメ「平家物語」OPテーマ) - YouTube

 

シリーズ「日々のレッスン」について

日々のレッスン」は、フィクションと日記のあわいにあるテキストとして、不定期連載していくシリーズです(できれば日記のように、デイリーに近いかたちで続けていけたら、と考えています)。また、それにApple Musicから選曲した<野鳥音楽>プレイリストを添えた「日々のレッスン ft. Bird Songs in Apple Music」を、月1、2回のペースで更新しています。

 

【日々のレッスン・バックナンバー】

 

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