ソトブログ

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日々のレッスン #007「長い道のりのなかで起きたことを、その場では何が重要か選別しないで。」

 

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 採り上げるのは一つの事例だけなのですが、それを深く検討していくと、どういうわけか検討に加わっている別のカウンセラーの別のカウンセリングにも役に立つものが得られるという不思議な方法です。これを行なうときは、起こったことを途中の段階でまとめたりせず、何が起こったかできるだけそのまま提示することが重要です。なぜかというと、まとめた人が重要だと思いもしなかったところに重要なことが含まれている可能性があるからです。
 これはカウンセリングの世界では一般的に行なわれていることなのですが、私は、あるときふとこの方法は何かに似ているな、と思いました。ある長い道のりのなかで起きたことを何が重要で何がそうでないかをその場では区別せずにそのまま記録していき、後からまとめて提示することで何からの意味が立ち上がってくる。これは、「水曜どうでしょう」の作り方に似ているのでははないか? ということでした。

 

佐々木玲仁『結局、どうして面白いのか 「水曜どうでしょう」のしくみ』(フィルムアート社、2012年)より

 

「わたしたち、何か足りないと思ってたのよね。」
 そう言ったのはしおりさんだったけれど、実はわたしたち三人、みんな気がついていた。か、気づかないまでも何かが違うとは思っていた、だからいま、わたしの部屋のわたしとハジメちゃんの前のローテーブルには、ハジメちゃんが買ってきた京都の名店の餡蜜があって、オンライン・ミーティングで繋いだ画面の向こうのしおりさんのテーブルの上にも、ハジメちゃんが送った餡蜜がある。
「幸せみ」を感じるおいしい食べ物。
「<レジェンダリー・マンスリー・トーク>だっけ、侑子さん?」
 六、七年前、出会った頃は侑子ちゃん。だったのが、世界中の人と同じように年齢の差は開いたまま同じだけ歳を重ねて、しおりさんは年下のわたしに「さん」付けになっている。しおりさんの敬意みたいなものが、わたしは嬉しい。ハジメちゃんの餡蜜も嬉しい。
「そうそう、略してL・M・T。」
「レジェンダリーっていうのなら、ラグジュアリーでシュプリームでオーサムじゃなけりゃね。」
「何よそれ。――でもやっぱこれ、おいしいよね。お姉ちゃんの飲んでるのは、何?」
 ハジメちゃんが訊く感じの、妹‐姉の関係の方はずっと変わらない。家族だからというより、一緒に過ごしてきた子どもの頃のままなのか、ハジメちゃんとしおりさんだからか。
「息子が作ったオリーヴ・ティーよ。うちの庭の。本当においしいんだよ。シンプルで、お店とかにはない味。」
 しおりさんのお子さんはカズヒコと同じ、中学一年生だ。生物部に所属し、アウトドア三昧。――そっちは? としおりさんが訊く。
「こっちはほうじ茶。これはさ、京都のじゃなくて、こっちのN町の、山間部で作ってるやつ。」
「あ、あの本屋さんっていうか、そこの併設の雑貨屋さん? よろず屋さん?」
「そうそう、そこは集落の人たちのための商店でもあるし、みやげ物屋さんみたいでもあるし。」ハジメちゃんが答えた。

 

 定義できない何かと何かのあいだにあるもの。それが何であるか、定義づける必要も、要請もないもの。そんなものがわたしは好きだ。わたしたちのL・M・T/ただのオンラインお喋りも、やっぱりただのお喋りだ。だからそこにおいしいものがあれば、もっと嬉しくて、もっといいのだ。

 

シリーズ「日々のレッスン」について

日々のレッスン」は、フィクションと日記のあわいにあるテキストとして、不定期連載していくシリーズです(できれば日記のように、デイリーに近いかたちで続けていけたら、と考えています)。また、それにApple Musicから選曲した<野鳥音楽>プレイリストを添えた「日々のレッスン ft. Bird Songs in Apple Music」を、月1、2回のペースで更新しています。

 

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