ソトブログ

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日々のレッスン #004「〝443〟というピッチで。」

 

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写真はシジュウカラ(馬見丘陵公園、2021.4)

 

「フィッシュマンズの『SEASON』って曲、あるでしょう?」しおりさんがいった、
「好き好き。」と声を合わせて、わたしたち(わたしとハジメちゃん)。合いの手を入れた。だいたいいつもハジメちゃんがウチにやってきて、ウチにいるコドモたちが寝ついてから、わたしたちの<レジェンダリー・マンスリー・トーク>(以下L.M.T)は始まるのだった。もっとも中学生になったカズヒコは、二階のわたしたち三人の寝室で、チャーちゃんが寝ている傍らでYouTubeを観ているか、本を読んでいるかだろう、

 

「――宇川さんの番組でさ、」
「『ドミューン』でしょ?」とわたし。「そうそう、宇川さんが今アマゾン・ミュージックで『ドミューン・ラジオペディア』ってポッドキャストやってるんだけど、
 そこでZAKさんがいうには『SEASON』はふつうの楽曲とは違うピッチ、つまり基準になる音の高さが違っているんだって。よくわからないんだけど、ふつう〝440〟とか〝441〟っていう数値にするところを、これは〝443〟なんだって。」
 それで独特の<ちょっと浮いている感じ>を生んでいるんだ、という趣旨のことを、ZAKさんや三田格さんたちが語っていたのだという。

 

「しおりさん、そういうの好きですよね。」わたしは抽象的な感覚を数値や目に見えるもので言い表したり置換したりすることは、しおりさんがボディケア/トリートメントのプロフェッショナルであることと通じているのではないかと思った、
「でもその話って、わたしたちみたいに全員音楽のシロウトじゃあ、『へぇ』ってことにしかならないね。」とハジメちゃんがいった。
「そうね、バニーくんに聞いてもらいたい話かもね。フィッシュマンズのディレクターの人いわく、最初に聴いたとき、『気持ち悪い』とか『変な感じ』、『違和感』があったんだって。」
 微妙な音の高低をミュージシャンや音楽を生業にしている人たちは聴き分けている。それも鳥みたいだ、とわたしは思うけれどあまりにも短絡的な気がして口に出さないでいると、

 

「そういえば、久しぶりに聴いて思ったんだけど、あの曲の『ピッピウ、ピッピウピピウ』って聞こえる佐藤さんのスキャットって、鳥の鳴き声なんだね。」
「そうだっけ?」とふたたびわたしとハジメちゃん、声を合わせて。
「――だって曲の終わりに、ほんとうに小鳥の鳴き声が入っているでしょう。あれはサンプリング?」
「どうなのかなー、カズヒコならわかるかなー。野鳥の会の先輩方ならわかるかなー、鳥の種類。」わたしは曖昧にしか答えられない。
 こういう会話、『ドミューン』の宇川さんといったら宇川直宏さんで、フィッシュマンズの『SEASON』といったらあの曲のことだし、ZAKさんといったらフィッシュマンズに欠かせないエンジニア――とかいうことを、説明抜きで前提を共有して話せることは、L.M.Tみたいなお喋りの愉しさの底を流れている。その上を<ちょっと浮いて>フィッシュマンズの曲がかかっていて、もっと上で亡くなったソングライターでボーカルの佐藤さんが歌っている。

 

 小鳥たちのお喋りは人間に理解されている範囲では生存や生殖に関わるコミュニケーションだけれど、近年有名になった京都大学の鈴木俊貴先生のシジュウカラの研究では、シジュウカラの会話は他の小鳥たちにも通じているらしい。共通の外敵から身を守るためだったりするわけだけれど、暗黙の共通理解や知識のシェアで、逆に分断を生んだりしないぶん、鳥たちのコミュニケーションの方が自由なのかもしれないと思った。これもまたわたしの思い込み、しかも(仮)くらいのものだから、この場所で二人には話さなかった。

 

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日々のレッスン」は、フィクションと日記のあわいにあるテキストとして、不定期連載していくシリーズです(できれば日記のように、デイリーに近いかたちで続けていけたら、と考えています)。また、それにApple Musicから選曲した<野鳥音楽>プレイリストを添えた「日々のレッスン ft. Bird Songs in Apple Music」を、月1、2回のペースで更新していく予定です。ご期待ください。

 

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