ソトブログ

文化系バーダー・ブログ。映画と本、野鳥/自然観察。時々ガジェット。

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日々のレッスン #013――飛ぶものたち、這うものたち、歌うものたち。(ft. Bird & Bug Songs in Apple Music)

 

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写真はシーボルトミミズ(2018.11、和歌山県某所)

 

<自分にとっての今年の重大ニュース>を披露していこうというしおりさんの提案に、ハジメちゃんもカズヒコも、そしてゴンダさんも淀みなく回答していくからわたしはひるんでしまった。
 わたしの以前の職場――「どんぐりのスポセン」と呼ばれていた公営のスポーツジムで、管理者を定年まで務めていたゴンダさんは、退職後、小説家になっていた、「なっていた」というのはおかしいかも知れない、在職中は誰が名付けたか、利用者にもスタッフにも「ドンじい」と呼ばれ親しまれていたゴンダさんは人好きのする、自らも世話好きの人間だが、スポセンに在職していた二〇年間ずっと小説を書き続けていた。

 

 そんなゴンダさんにとっての重大ニュースは、今年初め、大手出版社の新人文学賞を授賞して「作家デビュー」した、わたしたち外野からは誰でもそう見えるけれど、ゴンダさんの第一の回答は、
ハイキングでシーボルトミミズを見た。
 だった。それを訊いてわたしも「<重大ニュース>ってそういうことだったのか!」と思えることができてそれならば、と、
「わたしの<重大ニュース>……ひとつめは小説家、梨木香歩さんの本に「再会」したこと。二つめは秋山あゆ子さんの『虫けら様』というマンガに出合ったこと。それともうひとつ、わたしの十年来の日課、寝る前のストレッチ&ヨガをチャーちゃんが一緒にやってくれた一週間。」
 そんなふうにまくし立てた。ひとり一個ずつ、何周もする予定だったんだけど、としおりさんはいいつつ、
「『虫けら様』、気になる題名です。」
 ゴンダさんと声を合わせた。ゴンダさんのいうシーボルトミミズは胴体の厚み(=体幅というらしい)14~15ミリ、体長四〇センチはある巨大なミミズで、およそ自然物というか有機物というか生きものには見えないブルーというかバイオレットというかグリーンというか、そのどれもが入り混じったような色と金属みたいな光沢を放っていた、というのはわたしもカズヒコと自然観察会で歩いた林道で見たことがあった、そのシーボルトミミズは確かに、ひるむくらいデカくて美しい。初めて見たときは、地下水を汲み上げるホースか給水管かと思ったくらいだった、
「沢歩きの会で滝の前でみんなで昼食を摂ってたら、ニョロッと出てきたんだよ。」
 とゴンダさんはいった。

 

「『虫けら様』も突然の出合いで。去年くらいかな、隣りのS町に小さな本屋さんができたでしょう?」
「知ってる。わたし、すぐ行ったよ」とハジメちゃん、さすがの行動力。「そこの隣りのコーヒーもおいしいんだよ。」
「そうそう。わたしは最近初めて行ったんだけど。確か○○民報の<読書の秋>特集みたいな感じでインタビュー記事が出ててさ、『日々の暮らしにまつわる本を集めた小さな書店です』って店主のMさんがいってらして。」
 Mさんは朗らかな女性でわたしと同世代で、「暮らしにまつわる」といったらわたしやわたしの世代(という言葉を安易に使うのもどうかだが)にとっては、ひと頃のマガジンハウスの雑誌――『クウネル』とか、あるいは『暮らしの手帖』とかイラストレーターの大橋歩さん(彼女も『アルネ』というリトルプレスの雑誌を発行していた)とかそういうイメージで、確かにMさんの店にも土井善晴さんの『一汁一菜でよいという提案』とか、間違いなく<地に足のついた暮らし>の本たちもあったけれど、わたしには、ダイアン・アーバスの写真集やジョージア・オキーフの画集、チョコレートにまつわる本や『ちびくろさんぼ』から韓国の新進作家までが並ぶ絵本たちに混じって、というよりシームレスに違和感なく書棚に佇む、

 

・秋山あゆ子『虫けら様』『こんちゅう稼業
・佐伯真二郎『おいしい昆虫記
・川上和人『鳥類学者だからって鳥が好きだと思うなよ

 

 そんな類の本が輝いて見えた。なかでもわたしには初見だった、それでもひと目で<ガロ系>とわかる絵柄の秋山あゆ子さんの、虫の虫による虫のための世界、とでも呼べそうな幻想的で夢見がちでしかし異様なほど生活感とリアリティのある虫けらたちの暮らしを描いたマンガのトリコになった、それは確かに、わたしが挙げた<重大ニュース>のあと二つ、梨木香歩さんの作品群とチャーちゃんとのストレッチ&ヨガの日々と比肩する、かけがえのないものだった。

 

 

プレイリスト「2022.12_Creep(Bug's Life)」

※以下、選曲は全て、「演者/曲名」で表記しています。
※下記プレイリスト名のリンクより、Apple Musicで聴くことができます(Apple Musicのメンバーシップが必要です)。

2022.12_Creep(Bug's Life)」(選曲:ソト

M01. 当真伊都子/Lemon Grass
M02. Daniela Andrade/Creep (Radiohead Cover)
M03. Birdspotter/Oracle
M04. Anya Taylor-Joy/Downtown (Uptempo)
M05. Sobs/Air Guitar
M06. Fairport Convention/Who Knows Where the Time Goes?
M07. Deerhoof/Small Axe (Bob Marley Cover)
M08. Lana Del Rey/Yosemite
M09. Elise Trouw/How to Get What You Want
M10. Mrage Op.2 (feat.長澤まさみ)/Mirage Collective, STUTS, butaji & YONCE
M11. モノンクル/FLOWER
M12. TLC/Creep

Radiohead - Creep (cover) by Daniela Andrade - YouTube

 

シリーズ「日々のレッスン」について

日々のレッスン」は、フィクションと日記のあわいにあるテキストとして、不定期連載していくシリーズです(できれば日記のように、デイリーに近いかたちで続けていけたら、と考えています)。また、それにApple Musicから選曲した<野鳥音楽>プレイリストを添えた「日々のレッスン ft. Bird Songs in Apple Music」を、月1、2回のペースで更新しています。

 

【日々のレッスン・バックナンバー】

 

【本連載「日々のレッスン」の前作に当たる拙著・小説集『踊る回る鳥みたいに』、AmazonSTORESとリアル店舗(書店その他)にて発売中です。】