ソトブログ

文化系バーダー・ブログ。映画と本、野鳥/自然観察。時々ガジェット。

ソトブログ

2021年マイ・ベスト・ブック:絵本編『さわる たんけんたい』(月刊「かがくのとも」2021年12月号・通巻633号)/触る愉しさの再発見から、想いは戦場へ行った――。

 

この記事をシェアする

レビュー用-さわるたんけいたい

 

マイ・ベストを語るまえに――“針の穴から世界を見る”ように本を読むこと。

 

 以前この「ソトブログ」でも紹介したことがありますが、わたしがもっとも尊敬しているブログ、そしてその書き手のひとりとして、ブログ「こどもと読むたくさんのふしぎ」とBuchicatさん(id:Buchicat)という方がいらっしゃいます。ブログ上でのお付き合いだけで、お会いしたこともありませんが、書かれた文章の連なりで、そのディスクールだけで、「信頼できる」と思える方。

 

buchicat.hatenablog.com

 

「こどもと読むたくさんのふしぎ」には、福音館の月刊絵本「たくさんのふしぎ」――絵本といっても、自然/人文/社会科学の様々な、第一線の知見をテキストと絵で伝える科学絵本――を読まれた感想を書かれています。自戒を込めていうのですが、「本の感想」というのは実は意外と、すごく難しくて、素直にそれを表出しようと思っていても、素人のくせに(書かれた著者以上に書かれたことについて知っているわけでも、その分野の専門家や、評論家でもないのに)大上段に構えてクリティークをかましてみたり、普遍的であろうとするあまり、誰がいっても同じ、誰でも思う当たり障りのない、誰でもいえることばを並べるだけになってしまう。

 

 Buchicatさんの文章の魅力については、3年前の記事「その人にしか書けない別のこと――<読みたくなるブログ>について。」に書いた、わたしの思いは今も変わらないし、Buchicatさん自身も今も変わらずブログを続けていらっしゃいます。我が家でも、小6になる長男が「たくさんのふしぎ」を購読し続けているので、うちに届いたものと同じ本を、Buchicatさんがどう読んだのか、覗きにいくのが愉しいような、怖いような(わたしの底の浅さが知れてしまうようで)――そんなふうな一種の緊張感をも感じながら、読ませていただいています。

 

そんな「たくさんのふしぎ」の読書録として、エントリーごとに1冊を取り上げる、という極めて限定された題材のブログながら、“針の穴から世界を見る”というか、一児の母でもあるBuchicatさんの、多彩な知識や連想、思いの連なりで読ませる文章の、鮮やかさ。上記は、様々なアーティスト、個人の<なんだかうれしい>を表現したオムニバス絵本、2001年4月号「なんだかうれしい」についての記事ですが、Buchicatさんのテキストは、NHKの旅番組「小さな旅」の感想から、始まります。読んだ本も観たテレビも、実生活の出来事も、全て同じように私たち自身の<経験>であり、そこから私たちは何かを考えることができる。Buchicatさんの『こどもと読むたくさんのふしぎ』を読んでいると、いつもそんなことを想います。

(当「ソトブログ」2018-04-25の記事「その人にしか書けない別のこと――<読みたくなるブログ>について。」より)

 

大人も読む「かがくのとも」。『さわる たんけんたい』(文/仲谷正史、文・絵/いしだななこ)

IMG_20211214_125455-1_edited 『さわる たんけんたい』(かがくのとも2021年12月号)「かがくのとも」福音館書店公式サイト

 

 さて、ようやく今回の本題です。今年読んだ面白かった本について書くにあたり、様々なジャンルが思い浮かんだうち、今回の、絵本については、幼稚園の年長になる次男が読んでいるこちらも福音館書店の月刊科学絵本「かがくのとも」から、『さわる たんけんたい』(文/仲谷正史、文・絵/いしだななこ)を挙げたいと思います。「かがくのとも」は、「小学3年生から」と銘打たれた「たくさんのふしぎ」より少し年少の、「5~6歳向け」への読み聞かせを前提とした科学絵本。本来なら今回の記事も、「こどもと読むたくさんのふしぎ」に倣って「こどもと読むかがくのとも」としたいところですが、次男はわたしの朗読より、妻の読み聞かせの方が好きみたいで、わたしはそのあと、ひとりで読むことになるのです。

 

 そうして読んだ『さわる たんけんたい』(月刊「かがくのとも」2021年12月号・通巻633号)は、朝、目を覚ました「かんたくん」と「ちかちゃん」が、床に落としてしまった目覚まし時計を見て、
「あーあ、ゆかが やわらかかったら、こわれなかったのになあ」
 と、つぶやくところから始まります。本当に床が「ぐにゃぐにゃ」に柔らかかったら――? モノにはしかるべき固さや柔らかさがあり、それだけではなくそれぞれ固有の触り心地があります。

 

「せっけんは つるつる すべすべ」「タオルは ふかふか」「じゃぐちは ひんやり」

 

 かんたくんとちかちゃんは、その日一日かけて、様々なモノの触り比べをする「さわる たんけんたい」をしていくのです――。そんなお話なのですが、文章を担当した作者の一人は、《皮膚にある生体触覚センサの研究者》である、仲谷正史さん。「あたたかさ」「あらさ」「かたさ」「しめりけ」「ねばりけ」という5つの触り心地の種類は、《触質感を支配する5つの基本要素》であり、「てをあてる」「なでる」「おす」などの触り方の違いは、《触覚科学の基本概念である「典型的な触探索行動」をモチーフにしている」》とのこと。何気ない遊びごころが、科学的な知見や発見への扉を開いていく――この小さな跳躍こそ、科学絵本としての「かがくのとも」の醍醐味でしょう。
※当段落の《》内の引用は、『さわるたんけんたい』付録ペーパーの「作者のことば」より。

 

 そして版画家/イラストレーターであるいしだななこさんの絵は、版画のフラットな質感によるものなのか、モノそれぞれの触り心地(触質感)を、絵そのものからは予断を与え過ぎないようにしているように思えます。だからこそ、巻末に添えられた「やってみよう! さわるてじな」も実践してみたくなる。素晴らしいコラボレーションだと思います。

 

“さわることは、人間を含む動物にとって根源的な欲求です。”――戦場へ行ったジョニーにとっての、触られること。

 

 それからわたしは、同じく「作者のことば」に書かれた仲谷さんの以下のことばを読んで、あることを思い出しました――。

 

 さわることは、人間を含む動物にとって根源的な欲求です。

 

 ダルトン・トランボ原作、監督『ジョニーは戦場へ行ったJohnny Got His Gun(小説原作:1939年、映画公開:1971年)という映画があります。わたしは恐ろしくて、数年前、一度きりしか観たことがありませんが、強烈な印象を残す作品です。

 

ジョニーは戦場へ行った [DVD]

ジョニーは戦場へ行った [DVD]

  • ティモシー・ボトムズ
Amazon

 

 主人公・ジョニーは負傷兵で、野戦病院にいます。負傷兵といっても、ただごとではありません。四肢を奪われ、顔の下半分を失い、口を聞くことも身体を動かすこともできない、まさに「生ける屍」。――舞台は第一次世界大戦下。産業革命による重工業の発達から、資本主義が加速した生産性の向上を経て、急速に進化した近代兵器の大量使用まで、一直線に人間性を看過して進んだ科学的発展の結句――、生身の兵隊たちは文字通り身体を、削られました。当時の医学の限界で、負傷者は四肢切断に至ることも多かったといいます。

 

 ジョニーの更なる不幸は、脳には損傷を受けなかったことです。意識ははっきりしており、もちろん感情を持ち、理性的な思考能力もあります。しかし、次々と死傷者が運ばれてくる野戦病院で、モノ言わぬ、「生きた肉塊」であるジョニー(タイトルにもなっている「ジョニー」は、“Johnny Get Your Gun”という戦争プロパガンダのパラフレーズであり、単に「兵士」という意味。映画のなかの病院では、氏名不詳の負傷兵として、番号で呼ばれています。)は、ろくな手当も受けず、意識のない者として扱われてしまいます。

 

 ――そんななか、ひとりの看護師が清拭(入浴の代わりに身体を拭いてやること)か何かでジョニーに触れた折、彼の首が動いたことからジョニーが意識を保っていることを知り、彼とコミュニケーションを取り始めます。脳の残った半分の顔で、ジョニーは頷くことができたのです。看護師がジョニーの胸に字を書いてクリスマスを伝えるシーンの、絶望のなかの一瞬の光――

 

 映画はその後、更なる絶望を描いて終わる(ハッピーエンドになるわけがありません)のですが、「触る」という行為の本質を描いた短くも美しい絵本から、わたしが思い出したのは、そんな一場面でした。

 

2021年の、そしてこれからの触る体験が――

 

 本書『さわる たんけんたい』は2016年から企画されたものであるそうです。刊行がコロナ禍のさなかとなって、さまざまなものに「触れる」こと自体が制限される状況になり、仲谷さんも「作者のことば」で《せめて、自宅や保育現場の中で、「さわるたんけんたい」のささやかな活動をご支援いただけたらと考えます》と書かれています。


 本というものは、新刊であろうが旧刊であろうが、いつ出たものでもそれをわたしたちが読んだときが、出逢いなのだ。わたしはいつもそう思っていますが、本書に関しては、2021年というこのときに出版され、読んだ、忘れられない1冊になりました。わたしたちの、子どもたちの触る体験が、これからも、歓びに満ちたものでありますように!

 

www.fujisan.co.jp

福音館書店の月刊絵本は、書店店頭で購入できる他、上記「fujisan.co.jp」や、幼稚園・保育園からの申し込みで購読もできるようです。我が家では地元書店で注文しています。

 

【当ブログの読書についての記事一覧はこちら。】