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【連載小説】「踊る回る鳥みたいに」――第3回“冷凍パインを砕く”

 

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「踊る回る鳥みたいに」作:津森 ソト

 

【これまでの連載(第1回~第2回)】
【連載小説】「踊る回る鳥みたいに」――第1回“どんぐりのスポセン
【連載小説】「踊る回る鳥みたいに」――第2回“チューニング”

 

三 冷凍パインを砕く

 

 無料体験レッスンは次週の土曜日ということになり、わたしはそれまでに少しずつ練習を再開してみることにした。日課、ルーティンを作ることは愉しい。わたしがスポーツを好きなのも、今は競技じゃなくて、スポーツセンターのインストラクターをしているのも、ストレッチやトレーニングのルーティンが好きだからだ。アロマテラピーはハジメちゃんのお姉さんが教えてくれた。ハジメちゃんは高校からの友だちで、お姉さんは先輩で、お姉さんはマッサージをする人だ。
「マッサージをする人」なんて曖昧ないいかたになるのは、わたしにはよくわかっていないからだ。
 お姉さんがやっているのはアロマオイルを用いたボディマッサージで、それ自体、整体というのかボディセラピーというのかアロマテラピーというのか。施術ともいうし、お姉さんは「ボディトリートメント」という。職業はアロマセラピストなのか、ボディセラピストなのか、整体師なのか、マッサージ師なのか、エステティシャンなのか――。その掴みどころのなさも含めてわたしにはお姉さんで、わたしには上のきょうだいがいないのでハジメちゃんのお姉さんの、お姉さんらしさが好きだ。わたしだって妹からみればお姉ちゃんだけど、ハジメちゃんのお姉さんにはわたしにはないものがある。それがなになのか、わたしにはよくわかっていないからこそ、お姉さんは素敵だしアロマテラピーにも魅力を感じた。


 きっかけはお姉さんにボディトリートメントをしてもらったことだった。二年前の今頃、わたしは恋人と別れた。何でこうなってしまったのか? 考えれば考えるほどいくらでも考えることができたし、いくら考えてもダメなものはダメだった。わたしは仕事を辞め、東京のアパートを引き上げて、実家に帰ることにした。何かを変えたかった。わたし自身はわたし自身であって変わらないから、変えるのは他の何かだった。
 同棲していた恋人とは仕事の関係で生活の時間が合わなくて、わたしは夜、寝る前によくラジオを聴いていた。恋人と別れる頃、映画評論のコーナーのある、当時わたしが欠かさず聴いていた番組があった。そのパーソナリティーが、わたしの実家のある街の、小さな映画館でトークショーをやるという。わたしが実家に帰ってまずやったのは、そのイベントに出かけたことだった。

 

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 そこでハジメちゃんと再会した。
 イベントは映画を観たあと、ゲストであるラジオパーソナリティーの方と一緒に、観覧者同士で語り合う鑑賞会だった。もともとは三つのスクリーンがあった映画館の、真ん中のスクリーンを受付兼カフェ兼イベントスペースにしていて、取り払われた客席が広い空間になっていてその真ん中に座るゲストを取り囲むように、皆で座布団の上に座った。イベントの日だけは飲食物持ち込み可になっていた。わたしはそれを知らずコーヒーを頼んだが、パイナップルの輪切りを凍らせたシャーベットを持って来ていたのがハジメちゃんだった。映画が終わってイベントスペースに観客が集まり、ゲストを待っていたときだった。
「あれ? 侑ちゃんじゃない。どうしたの? 帰ってきてたの?」
「ハジメちゃん! 来てたの?」
 ハジメちゃんとはこの映画館が今のようになる前、昔の普通の映画館だった頃に何度か一緒に来たことがあった。わたしたちが高校生の頃だ。
「色々あってね。しばらく実家にいることにした」
「ふうん。いいじゃない。そういうときもあるよ。これ、食べる?」
 パイナップルは透明のビニールに個包装されていた。
「おいしそう! ありがとう。これ、いつも食べるの?」
「ううん、初めて。わたしシャーベット駄目だし。でもおいしそうだと思って」
 といってハジメちゃんは、今まで食べていたらしいヨーグルトの容器に冷凍パインを砕いて入れて、スプーンで崩していく。
「パイナップルの味を口の中に想像しちゃってさ。思わず買っちゃった、これ」
 といって箱を見せる。「ファミリーパック8個入り」と書いてあった。
「溶けちゃうんじゃない?」
「でももともとパインだからいいんじゃない。また凍らせれば。わたしキンキンのを歯で砕けないんだよね」
「そうやって食べようと思って買ったの?」
「ううん。でも食べられたし。なんとかなるよね」
 ハジメちゃんと話したのは二年ぶりだった。

 

(つづく)
「踊る回る鳥みたいに」第4回は2021.12.31(金)掲載予定(毎週金曜更新)です。

 

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【以前の記事から:本作は、連載完結後、KDPにて電子書籍として刊行する予定です。その過程で気づいたことなども、別途記事として更新できたらと考えています。】

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