ソトブログ

文化系バーダー・ブログ。映画と本、野鳥/自然観察。時々ガジェット。

ソトブログ

“I Can Fly Away(ちょっと今ここだけのことだけど)”――Bird Songs in Apples #005(野鳥と音楽を愛する人のためのApple Musicプレイリスト)

 

この記事をシェアする

やっぱり「めっちゃカフカ」な、フランツ・カフカの書いた「公文書」。

 

 

 集英社文庫に「集英社文庫ヘリテージシリーズ/ポケットマスターピース」という、2015~2016年にかけて刊行された19世紀の作家を中心とした世界文学史上における古典、名作を作家別に編んだシリーズがあります。どれも文庫一冊に長編も短編も書簡もひっくるめて分厚い一冊に仕立てていて、わたしの手許にあるシリーズ第1巻であるカフカの場合は、「変身」「審判」といった代表作中の代表作(「変身」は作家・多和田葉子による新訳で「変身」と書いて「かわりみ」と読ませているし、「審判」は原題に忠実に「訴訟」と改題されていてこちらは川島隆・京都大学准教授による新訳)から、「火夫」「流刑地にて」「雑種」といった中短編、書簡など、巻末の年譜まで含めて計803ページ。ちょっとない分厚さの、文庫というより「鈍器」のような一冊です。ちなみにこの「ポケットマスターピース」にはセルバンテスもありますが、さすがに岩波文庫で正・続合わせて6巻に及ぶ『ドン・キホーテ』は、抄訳となっているみたいです。

 

 で、こちらカフカの一冊の実はいちばん面白いところは、彼が勤め先であった「ボヘミア王国労働者災害保険局」で書いたという公文書2篇が収められていることで、その名も

[一九〇九年次報告書より]木材加工機械の事故防止策
[一九一四年次報告書より]採石業における事故防止

 というもの。タイトルだけ聞くと(公文書なのだから当然といえば当然だけれど)無味乾燥なお役所文書みたいなものを想像するのが普通だし実際そういう文章なのだけど、よく読んでみると、
「めっちゃカフカ」
 なテキストなのです。


 カフカは企業の危険度の査定、すなわち「労働者にとって業務内容がどれだけ危険か(危険等級)によって企業を分類し、保険の掛け金を算出する」という業務を行っていたそうで、ここに収められた報告書のひとつ「木材加工機械の事故防止策」は、木材切削加工用のかんな盤における安全回転軸(シャフト)を従来の角胴シャフトから、より安全性の高い丸胴シャフトに切り換えるべきだ(その方が防災効果が高い)、という主旨の文書です。

 

 以下の図版は、防災技術的な観点から角胴と丸胴の何が違うかを示したものである。角胴の刃(図1)は胴の本体に直接ネジで固定されており、刃先がむき出しのまま毎分三八〇〇~四〇〇〇回転する。かんな刃とテーブル面のあいだに広い隙間が空いているせいで作業員の身に生じる危険は、明らかに突出して大きい。この方式のシャフトで作業するということは、すなわち危険について無知なまま作業して危険をいっそう大きくするか、あるいは避けようのない危険にたえずさらされている無力を意識しながら作業するか、どちらかを意味する。きわめて用心深い作業員なら、作業に際して、つまり木材を回転刃に送る際に木材より指が前に出ないよう細心の注意を払うことができるだろうが、危険があまりに大きいので、どれだけ用心しても無駄である。どれだけ用心深い作業員でも手が滑ることはあるし、片手で工作物をテーブル面に押しつけ、もう片方の手でかんな刃に送るとき、木材が踊ることは少なくない。

 

『ポケットマスターピース 01/カフカ』(集英社文庫)所収、「[一九〇九年次報告書より]木材加工機械の事故防止策」(川島隆 訳)より

 

 危険な角胴シャフトによって切断されてしまった指を例示するなど、図版をも多用して執拗に――読んでいるとそのことばがしっくりくる――そして繰り返し、新型の丸胴シャフトの安全性を訴えるカフカの筆致は、当時の労働者が置かれた危険な労働環境を鑑みると不謹慎だけれど、アイロニカルなユーモアさえ湛えていてやっぱり「めっちゃカフカ」と思えます。
 そう、カフカは楽しい。わたしは2000年代にカフカの小説の個人全訳に取り組まれたドイツ文学者、故・池内紀さんの翻訳でカフカの面白さを教えてもらったのですが、エッセイの名手でもあった池内さんの訳は独特のやわらかな、軽妙洒脱な文章で従来のカフカ観をくつがえし、読者や識者のあいだで評価も分かれるところではあるそうですが、「カフカの楽しさ」「カフカのサニーサイド」として、個人的にはやっぱり池内訳に親しみを覚えています(集英社ポケットマスターピースには池内訳は未収録)

 

こちらは池内訳を底本とした西岡兄妹によるカフカ「変身」「断食芸人」他のコミカライズ。


 チェコ語でカラスを意味するカフカ、カラスの楽しさといえば本邦では、一般向けの多数の「カラス本」を上梓されている動物行動学者の松原始さんで、わたしの家にも(主に中学生の息子の蔵書として)松原さんの本がいくつかありますし、カラスに限らず鳥類全般では、鳥類学者、川上和人さんの著作もめっぽう楽しい。

 

 今回のプレイリストの冒頭には、(鳥とは関係ありませんが)日本のフォーク・シンガー、SSWの草分け的存在のひとり、友部正人さんの「ガーディナーさん」をセレクトしました。「いつもとおなじあさなのに/のぞみもしないのに しあわせなのは/ガーディナーさん ガーディナーさん/きっとあなたのゆめのせい」と友部さんは歌います。そう、歌は楽しい、鳥は楽しい。

 

プレイリスト「2022.07_I Can Fly Away(ちょっと今ここだけのことだけど)」

※以下、選曲は全て、「演者/曲名」で表記しています。
※下記プレイリスト名のリンクより、Apple Musicで聴くことができます(Apple Musicのメンバーシップが必要です)。

2022.07_I Can Fly Away(ちょっと今ここだけのことだけど)」(選曲:ソト

M01. 友部正人/ガーディナーさん
M02. Delicate Steve/I Can Fly Away
M03. Taylor Swift/Delicate
M04. Yahritza Y Su Esencia/Soy El Unico
M05. cero/21世紀日照りの都に雨が降る
M06. Julia Jacklin/I Was Neon
M07. Omah Lay/woman
M08. Viagra Boys/Punk Rock Loser
M09. フィッシュマンズ/Go Go Round This World!(Live from『LONG SEASON’96~7 96.12.26 赤坂BLITZ』)
M10. Kali Malone/Living TorchⅠ
M11. 知久寿焼/ちょっと今ここだけの歌

Yahritza Y Su Esencia - Soy El Unico (Official Video) - YouTube

 

 本連載「Bird Songs in Apples(野鳥と音楽を愛する人のためのApple Musicプレイリスト)」は、引き続き毎週水曜更新予定です。次回もお楽しみに!

 

【Apple Music オフィシャルサイト】

 

【当ブログの「野鳥音楽プレイリスト」記事一覧はこちら。】