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【連載小説】「踊る回る鳥みたいに」――第2回“チューニング”

 

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「踊る回る鳥みたいに」作:津森 ソト

 

【連載小説】「踊る回る鳥みたいに」――第1回 - ソトブログ

 

二 チューニング

 

 今の職場はシフト制だから、一週間のスケジュールをルーティンにするのが難しい。それでも無理をいって、わたしは土曜日の午前中を休みにしてもらうことにした。ウクレレ教室に通うことにしたのだ。
 わたしたちのバトン、あるいはボールはまだわたしの手の中にある。ウクレレの青年に託されたものだ。わたしが託されたと思っているものだ。
 わたしがウクレレを習うことが、それを遠くに投げること、誰かに渡すことになるのかはいまだ不明だ――、というより安易な思いつきといって間違いない。だからあの日のあと、何日かして、通勤途中に楽器店があり「オトナの音楽教室」というノボリが立っていることに気がついた。わたしは、今まで一年以上の通勤の行き帰り、そんな楽器店のこと、音楽教室のことなんか目に入っていなかった、気がつき/思いつきが頭のなかで同時進行した状態でわたしはお店に入っていて、
「ウクレレを習うことはできますか?」
 と訊いていた。わたしと同じくらいの年格好の男性スタッフが対応してくれた。もちろん公園のウクレレ青年ではなかった。彼がていねいに教えてくれたところによると、入会金は三千円、個人レッスン週一回三十分で月謝が一万円で、楽器店は大手音響メーカーの音楽教室をフランチャイズ店としてやっているため、受講中にどこへ引っ越ししたとしても、その地域で同じ講座をやっていれば引き続きそこで習うことができる、ということだった。料金は少し高いと思ったが、わたしはお店に入り、ウクレレ講座があると聞いた時点でもうやるつもりになっていた。一応初回は無料体験レッスンという形になっていて、それをふまえて入会するかどうか判断できるとされているようだったが、わたしの心は決まっていた。

 

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 ウクレレはすでに自宅にあった。
 音楽が好きな妹の息子、カズちゃんが四歳になるとき、ウクレレを買ってあげたのだった。安物だったけど、一応おもちゃじゃない、ちゃんと弾けるウクレレだった。そのとき、カズちゃんから、
「ゆうちゃんも買って、一緒に練習しようよ」
 といわれた。わたしはカズちゃんのものより少しだけ高いウクレレを買って、教則本を買った。ドレミファソラシド、とか、いくつかのコードとか、「ロンドン橋」とか「しゃぼん玉」とか、カズちゃんも知っている曲をどうにかこうにか弾けるようになって聴かせてあげた。カズちゃんはよろこんでくれたが、カズちゃんにはやっぱり難しいから、でたらめに爪弾いたり、自分なりに「チューニング」して自分だけの曲を弾くのだった。
「カズヒコ語の曲なんですよ。いいでしょう?」
「音、チューナーで合わせてあげようか?」
「ダメー! これはカズヒコチューニングなの。ゆうちゃんは自分の弾きなさい。
 じゃらららあ、じゃらららら、じゃららん!
 今のはカズヒコ語の歌ですよ」
「いい曲ね。なんていう歌?」
「それはね、ひ、み、つ。カズヒコ語はゆうちゃんには、わからないんだよ。カズにしかわからないんだよ」
 そんなふうにいって、でたらめに歌いながらでたらめに弾くカズちゃんはかわいかった。わたしの友だちの、カズちゃんと同い年の娘さんがすらすらとピアノを弾くのを見たことがあって、わたしはカズちゃんにウクレレを教える気になっていたのに、カズちゃんにその気がないとわかったら、わたしも練習をやめてしまった。

 

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 それから一年になる。わたしはクローゼットに入れっぱなしになっていたウクレレを出してきて、クリアファイルにストックしているステッカーの束から、一番のお気に入りをウクレレに貼った。

 

(つづく)
「踊る回る鳥みたいに」第3回は2021.12.24(金)掲載予定(毎週金曜更新)です。

 

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