ソトブログ

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日々のレッスン #009――「読み返したい本」のどこかのページを開き、書き写すのだ。できればノートに、手で(ペンで)。あるいはポメラでも、PCでも構わない。

 

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 サブスクリプション・サーヴィスの動画をひたすらザッピングして結局、アン・ハサウェイの『ブルックリンの恋人たち』(2014年)を観返していた――何度も読み返したくなる本があり、いくらでも観返したくなる映画がある。そんなにたくさんはない。たぶん三桁はいかない。実際に読み返す、観返すものはもっと少ないか――続けてDVDで持っている、ジョナサン・デミ、2008年監督作の『レイチェルの結婚』。こちらも主演はアン・ハサウェイ。ジョナサン・デミは『ブルックリンの恋人たち』にも製作として名を連ねている。そういえば両作、雰囲気がよく似ている。物語や構成よりも、音楽や景色、世界が前面に出ている。レイヤーの順序がふつうとは違うみたいに。

 

 もちろんわたしはアン・ハサウェイに移入している、それが正しい観かただからだ(わたしにとってはそうだ、とわたしが信じているからだ)。
 何度も観返そうとして、読み返そうとして、いつも途中になってしまうモノも多い。だから物語の序盤だけに、妙に思い入れている作品が少なくない。どころか、(これはたぶん本だけだが)一度も読み通したことがなく、何度もなんども前半部、序盤、どうかすると序文や「まえがき」ばかり何度も読んでいる本がある。

 

 下手なカウンセラーもどきや宗教家もどきなら、
「あなたはいつも、人生をやり直したいのです。」「若返り願望の代償行為です。」「そんなことは無益です。」「なすがままに、なすがままに。」
 なんて言うだろうか? 通勤のクルマのなかでひとり沈思黙考していると、こんなふうにくだらない考えが浮かんでしまった。
 こんなとき、本より映画にアドヴァンテージがあるのは、映画は「画(え)」を思い出す、想いうかべることができるところだ。本は映画でいうひとまとまりのシークエンスくらいの分量=「文量」を、そのまま記憶できない。持ち運んで脳内で再生できない。小説ならまだ、映像に置き換えて思い出せるけれど、映像に置き換えたものはもとの小説ではない。人文書や科学系の読み物、評論・論文ならなおさらだ。

 

 だからこんな気分に陥ったらわたしは家に着いてすぐ本を開き、どれでも付箋をたくさん貼っている「読み返したい本」のどこかのページを開き、気持ちにいくらか余裕があるなら、付箋を貼ったそこを書き写すのだ。できればノートに、手で(ペンで)。あるいはポメラでも、PCでも構わない。書き写すことが重要だ。コピペじゃだめだ。わたしが下手な宗教家なら必ず、写経をさせるだろう。
 こんな話は誰にもしたことがないけれど、しおりさんならどんな顔をして、何ていうだろう? あるいは妹なら?
 ――そう思いながら書き写した、こんなふうに。

 

 私たちは自分の色や柄の好みを完全に説明し尽くすことができないし、まして好みを自分の意志でガラリと入れ替えることもできない。私が「私」と思っているものは、私の意志によって操作できないものの集合体なのだ。私は私の意志によってでない何かによっていつの間にか私が心地好いと感じるようになった音楽や風景に接することで、気持ちを和らげたりしているだけで、この一連の過程で私が主体的に関わることができているのは、特定の音楽や風景を選び出すという行為ぐらいのものだ。――このことをまず前提として理解しておいていただきたい。ただし、前もってことわっておくが、ここから私は「だから人間なんて小さなものだ」というようなネガティヴな議論をはじめるつもりは毛頭ない。私が考えようとしていることは、むしろそれゆえに人間が自由になれる可能性があるということだ。本章を含めてこの本の残り四章は、すべて〝人間の肯定〟〝人間の自由〟〝生と死のいまとは違った理解の可能性〟を目指して書いていくつもりだ。

 

保坂和志『世界を肯定する哲学』(ちくま新書、2001年)より

 

【本文中で言及した映画作品】

ブルックリンの恋人たち』Song One(2014年、監督・脚本/ケイト・バーカー=フロイランド)。アン・ハサウェイ好きのわたしの値踏みを割り引いても、下記『レイチェルの結婚』と並び、彼女の主演作でも最も好きな作品のひとつ。90分に満たない作品でテンションの低いストーリーなのに、音楽やブルックリンの街がひたすら魅力的。

 

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レイチェルの結婚』Rachel Getting Married(2008年、監督/ジョナサン・デミ)。アン・ハサウェイは本作で第81回アカデミー賞主演女優賞ノミネート。

 

シリーズ「日々のレッスン」について

日々のレッスン」は、フィクションと日記のあわいにあるテキストとして、不定期連載していくシリーズです(できれば日記のように、デイリーに近いかたちで続けていけたら、と考えています)。また、それにApple Musicから選曲した<野鳥音楽>プレイリストを添えた「日々のレッスン ft. Bird Songs in Apple Music」を、月1、2回のペースで更新しています。

 

【日々のレッスン・バックナンバー】

 

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