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【連載小説】「踊る回る鳥みたいに」――第10回 “おっちゃんのリズム”

 

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踊る回る鳥みたいに-010

「踊る回る鳥みたいに」作:津森 ソト

 

【「踊る回る鳥みたいに」これまでの連載(第1回~第9回)】

第1回“どんぐりのスポセン
第2回“チューニング”
第3回“冷凍パインを砕く”
第4回“しおりさんのトリートメント”
第5回“もしも音楽に、苦痛が伴うとしたら”
第6回“透き通った最初の言葉を聞いて”
第7回 “好きになるまでは呼び捨てなのに(あるいは、エッセンシャルオイルから化粧水を作るレシピ)”
第8回 “ムーミン谷は閉店中”
第9回 “タイムリミット・サスペンス”

 

八-2-1 おっちゃんのリズム

 

 あまり練習できていなかったウクレレは思ったより指が動かなかったが、シャッフルビートとはどういうものなのかを教えてもらった。
「跳ねているリズム」というのは感覚で好きだったけれど、わたしの弾き方は無意識に「跳ねて」しまっているらしかった。それがいわゆる「シャッフル」なんだという。
「八ビートは、タカタカタカタカ、と一小節を八分音符で均等に割ります。跳ねていないリズムです。これはいいですよね」先生はいった。
「はい」わたしは真面目な顔をしていたけれどもうワクワクしていた。知らないことが聞ける予感がした。
 それに対してシャッフルはタッカタッカタッカタッカ。二、四、六、八拍め、裏拍が短くなっている。そこまではなんとなくわかっていたのだけれど、シャッフルビートは、譜面上に八分音符二つが並んでいたら三連符とイコールとして、三連符を四分音符ひとつと八分音符ひとつ、つまり2:1の長さに分けて裏が表の二分の一の長さになるのだ。
 わたしがウクレレを弾けるようになって八ビートもシャッフルビートもワルツとか他のリズムも自在に操って弾き語りとかソロとかできるようになるのか、ならない可能性の方が高いような気がまだ今はしているけれど、こういうことをひとつずつ知れるだけでもレッスンに来てよかったと思った。
 あとでキシモトさんにメールしたら、キシモトさんの好きなミュージシャンがこういうことを言っている、と教えてくれた。
「細野晴臣って人なんだけど。はっぴいえんどとか、YMOとかの。その細野さんが、『僕はロックのリズムの秘密を発見した』って書いてて。『ロックのリズムには、微妙な揺れがある』んだって。『アンビエント・ドライヴァー』*1という彼の本から、少し引用します。
『スウィングをやっていたドラマーは、跳ねるリズムを叩いてる。一方でギターは8ビートを刻んでいる。そこでできあがる跳ねているようで跳ねていないリズム――それがロックンロールのノリであり、実はブギウギの基本でもある。』
 で、細野さんの言い方だと、これを『おっちゃんのリズム』っていうわけ」
 これを読んでわたしはまた、嬉しくなった。おっちゃんのリズム、おっちゃんのリズム。お守りみたいな言葉だと思った。

 

Odoru-10-Ph1

 

 来た道をそのまま、当たり前だが逆方向に、ひとりで帰ることになるが来た道と帰る道は違った。二人とひとりの違いというより来た道と帰る道は別の道だった。
 木にくくりつけてある説明書き。遊歩道には下草がクロップドパンツから出ている脛をくすぐるように生えていて、それを分け入って読めるところまで行った。

 

「中国原産のハゼノキの意味。昔、この木の種から蝋(ろう)をとりロウソクを作りました。霜のおそい暖地では美しく紅葉します。(トウダイグサ科)」

 

 東京大学に四人の子どもを入れた、という母親がテレビで、外出するときには植物図鑑を持たせていた、と言っていた。わたしはそれを見て、「バカみたい」と思ったがただ、笑っただけだった。わたしも子どもに植物図鑑は買ってやりたいし、本人が入りたいのなら東大に入ってくれたらわたしも嬉しいが(「本人」は今のところどこにも存在しないが)、自分が東大に入れたような顔をしてテレビになんか出るようにはなりたくない、と思った。
 わたしは次にこれと同じ木をどこかで見ても、こんな説明書きがついていなければそれがナンキンハゼだとわからないだろう。東大に入らなかったわたしは、歩きながらこういうものを見るのが好きだ。幹にも人の指くらいの長さの草がたくさん生えていた。もういちど説明を見ると、ナンキンハゼの学名だろう、
「Sapium sebiferum Roxb.」
 と一番上に小さく書いてあった。キシモトさんと歩いた行きは撮らなかった写真に撮った。
 小さな商店を見つけると「感じがいい」と思っては立ち止まって、また撮った。
 自転車や車や人がそばを通るのを待って、自転車や車や人が画面に写るように撮った。
 旅行に行くと美術館とか文化施設に入りたがる母のようなおばさんを、わたしはどこかバカにしていた。テレビの母親やそれを放送するテレビと、わたしは変わるところがなかった。
 わたしは写真に撮りたがる商店で、買い物をしたことがない。近所にある似たような店でもほとんどしないから、街はファスト風土化していく。
 そんな言葉ももう死語だろうか。でもそれは進行している、わたしたちのせいで。この遊歩道にもうすぐ生えてくるススキの気持ちで思った。ススキはもう生えていて、穂をつけていないだけかもしれなかった。カズちゃんなら知っているだろう。
 その夜は満月だった。

 

(つづく)
「踊る回る鳥みたいに」第11回は2022.2.18(金)掲載予定(毎週金曜更新)です。

 

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【引用文献】

*1:※上記リンク【引用文献】参照