ソトブログ

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元日の朝――10年目のMoncler(モンクレール)のフリース・ジャケットを着て、山頂で。

 

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NewYearsMorning

 

 英語圏の女性のシンガーの、「ワン、ツー、スリー、フォー」という歌いだしはカウントなのか、それも歌詞なのか、わからない。サブスクで無作為に――それでもAIに誘導されながら曲を選んで自分で作成したプレイリストを聴きながら、山道を行く。朝早く、といってもすでに10時で、元日だというのにもう降りてくる人たちと何人かすれ違った。元日だから挨拶は、「おめでとうございます」。みんな早いのも、元日だから、かもしれない――「山頂で初日の出」。さすがにそれは自分には無理だな、と思いつつ、人とすれ違うときはなんとなく、恥ずかしいのか失礼と思うのか、わたしにもわからないけれど、両耳からぶら下げたうどん/AirPodsを外して手袋に握りしめる。「せっかく大自然のなかなのにね」
 わたしの声なのか、すれ違う人たちの心の声なのか、母の声のような気もする。

 

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 今朝は、惰眠を貪る家族を横目に、忍び足で外へ出た。うちはいまだに昭和の家族みたいに、大みそかは年越しそばを食べ――紅白歌合戦を観て――「ゆく年くる年」へハシゴして年を越し――0時の時報とともに、
「あけましておめでとうございます」
 と挨拶しあうのだ。もっとも、妹の息子、今年は6歳になるカズちゃんは、久しぶりの夜更かしで「あっけまーしってぃいー、おっめ、で、と、うゥッ!」というような調子の、はちゃめちゃなテンションになっていた。それで翌元日の朝は、昼近くまで寝て過ごすのが恒例で、わたしも実家を出る前も、出てからも、帰ってきてからも、みんなと同じようにそうしていた。

 

 そういうわけで今日は、ただの気まぐれだったのだけれど。出てくるとき、一度玄関を出て冷気を確かめてクローゼットに戻り、着慣れたMoncler(モンクレール)のフリース・ジャケットを羽織った。突然、思い出したのは母のひとことだった。
 ――わたしは中学生か高校生くらいで畳の居間でゴロゴロしていたから、平日の学校帰りだったか、何にもない休日だったか。両親は共働きだったから、平日なら母がいるということはどんなに早くても夕方過ぎで、ちょうど帰宅してクローゼットにその日着ていたジャケットを仕舞うところだったのだろう。

 

「これもこれも、もう10年は着とるけんね。お父さんのスーツは毎年作っとるけど」

 

 独りごとのようにも、わたしに言っているようにも聞こえた。ちょっとした愚痴みたいなものだ。それを聞いたわたしは、「10年もおんなじ服を着るなんてありえない!」と思ったのだった。わたしがそのとき中学生だったとしても高校生だったとしても、背伸びして小遣いかバイト代で貯めたお金で、自分で選んだトレンドの服。を着ているつもりだった、父や母の世代から見ればわたしが「ありえない」格好だったと思うし、いまのわたしが見てもそう思うだろう。
 わたしは今日、「もう10年は着ている」Monclerのジャケットを着て、出てきた。何かというとファストファッションのワゴンを買い漁ってしまうわたしでさえ、そんな服がもう、いくつもある。そのことが嬉しいのか悲しいのか侘しいのか誇らしいのか、わからないまま、なんとなく山用のリュックのなかに、カズちゃん用の小ぶりのワイヤーハンガーを一本入れて、出てきたのだった。
 登ったのは地元で信仰されている霊峰で、とはいっても標高600メートルほどの小さな山だが、それでも久しぶりの登山は思ったりよりも、辛かった。この山の登りは急勾配が続く。

 

 なんとか昼前に山頂について、誰もいないのを確かめて、そこにある大木の小枝にハンガーを吊るし、着てきたMonclerのフリース・ジャケットを掛ける。大学を卒業する年に買ったものだから、ちょうど10年目ということになる。高級ブランド化したMonclerには、もうこういう型の、裏地がフリースのリバーシブル仕立てのジャケットはなくなっているんじゃないかな。とはいえ当時でも数万円はしたそのジャケットを、山頂でわたしは写真に撮った。

 

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 ――早く帰らないと、改めての新年の挨拶と、おせちに間に合わなくなってしまう。やっぱりちょっと嬉しくて、ちょっと誇らしいんだ、とあえてわたしは思った。下山のときは両耳からイヤフォンを外して、一気に降りた。

(了)

あえての、蛇足的な注釈。

 このテキストはフィクションです。「わたし」は女性で、この「ソトブログ」で現在連載している小説、「踊る回る鳥みたいに」の主人公と同一人物。
 母のひとことは、実際、わたし(ソト)が聞いた記憶があるもの。今となっては、聞いたことがあるような気がするだけなのか、朧気ではありますが。
 Moncler(モンクレール)のフリース・ジャケットは、実際には、わたしが大学生の頃に購入したもので、当時で4万円弱だったか。すでに20年以上着ていることになります。Monclerなんて、今のわたしには到底手の届かないブランドになってしまいました。
 登山行は2021年の末、実際に地元の山で。写真もそのときに撮ったものです。
 ちなみに本記事は、MonclerのPRでも、アフィリエイトやステマでもありません(若干ディスってるみたいになってもいるし)。もちろん、このフリース・ジャケットは、大好きです、これからも大切にしていきたいと思っています。

 

【以前の記事から:連載小説「踊る回る鳥みたいに」はこちらから。現在第4話まで公開中です。】

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