ソトブログ

文化系バーダー・ブログ。映画と本、野鳥/自然観察。時々ガジェット。

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写真/絵画/散文/野鳥/文化人類学/そしてひちょり。――2021年ソトブログのマイ・ベスト・ブックス。

 

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今週のお題「買ってよかった2021」

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 本来、本というものにとっては、とりわけ読者の視点からみれば、読み手が初めて手にしたときに、それがいま上梓されたばかりの新刊なのか、古い本なのか、というのは本質的には関係のないことだ、とわたしは思っています。昨今は「TikTok売れ」という現象もあるくらいで、わたしとしては、「それって本にとっては、読者にとっては、当たりまえのことなのでは?」と。
 ――といいながら、今回紹介するわたしの2021年マイ・ベストは、全て今年、2021年に出版されたもの。どういうわけか今年は新刊本に縁があって、わたしの心にジャストフィット、どころか突き刺さる本がいくつもありました。そのなかから、あえて3冊に絞って、取り上げてみます。
 先日アップした記事、2021年「マイ・ベスト・ブック:絵本編」と併せて読んでいただければ幸いです。


『草木鳥鳥文様』梨木香歩 文、ユカワアツコ 絵、長島有里枝 写真(福音館書店、2021.3)

IMG_20211222_133540_edited_edited2福音館書店『草木鳥鳥文様』特設サイト:本書の中身の一部を、こちらで試し読み/試し見できます。ここにしかない、美しい世界をちらっと。

 

 晩春から夏にかけ、山小屋にいると、時どき周りの森から、フイフイ、と呼びかける鳥の声がする。サンコウチョウがきたのだと思う。誰に向かって呼びかけているのかはわからない。自分にだと思えればファンタジーの迷路が、縄張り宣言してお相手を探しているのだなと思えばネイチャー・ライティングの世界が、その軽やかな声の向こうに広がる。だが本人(鳥)の「感じ」としては、季節が巡り自分に囀る力があることに気づき、それが嬉しく、力一杯、生きている証のように囀っているだけ、かもしれない。

『草木鳥鳥文様』「ファンタジーの迷路が サンコウチョウ/コウヤマキ」より。

 

 画家が古い箪笥の抽斗の底に、鳥と彼らが棲む植生の絵を描く。写真家がそれを、室内外の、思いもよらない場所に配置し、写真に収める。作家は、観察や偶然の遭遇の、豊富な実体験を交えて、鳥と植物について、テキストをしたためる――。


 2021年のいまこの瞬間において、窮極の発明、窮極の美の追求、そして窮極のインドア・バーディング(そのようなことばはたぶん、存在しませんが)とは、この作品集のことをいうのではないでしょうか。福音館書店の育児雑誌、「母の友」での連載を寡聞にして知らず、出版時に初めてこの試みと、そしてそれが書籍という形で纏められるということを知ったとき、「今年最高の野鳥本」はこれしかない! と思いました。

 

 

 上記の記事のようにわたしは、“読む探鳥、観るバードウォッチング”と称して、映画や小説に描かれた野鳥たちについてこの「ソトブログ」や、日本野鳥の会の会員として、県支部の会報上で映画や小説の紹介を続けてきましたが、この本を知り、正方形に近い大判の函入り/布張/金の箔押し(水面に佇む一羽のサギ!)の美しい造本の実物を手にして、開いてみて――、
「インドア/文化系バーダー・ブロガーと名乗ろう。“アウトドア・フィールドでの探鳥”と、“ひとり室内で自己と一冊の本と向き合う時間”、とを繋ぐテキストを書いていこう。」
 と、幾分大袈裟ではありますが、独り、誓ったのでした。<コジュケイ/ジュズダマ>を扱った頁の表題に、「複数の世界が接する境界」とありますが、この本自体、まさにそういう本なのです。

 

 

『働くことの人類学【活字版】 仕事と自由をめぐる8つの対話』松村圭一郎・コクヨ野外学習センター 編著(黒鳥社、2021.6)

IMG_20211222_133609_edited_edited2 コクヨ野外学習センター|WORKSTYLE RESEARCH LAB.|ワークスタイルケンキュウジョ.

 

(※引用者註:タンザニア商人たちについて)
一人ひとりが約束や期待を必ず遂行すること自体には過度な信頼はないです。といって、全員信じていないわけでもなくて、「誰か」のことは信じているんです。「たくさんいるうちの誰かは、きっと私のピンチや要望に応えてくれる」と信じているように思います。特定の誰かは信じないけど、彼らが生きているネットワークのことは信じているのではないでしょうか。

『働くことの人類学【活字版】 仕事と自由をめぐる8つの対話』第4話「ずる賢さは価値である」より、タンザニア商人を研究する小川さやかさん(文化人類学者/立命館大学教授)の発言。

 

 本の面白さ、良さの核心は、「いまここ」に居ながら、「ここではないどこか」のことを知ることができたり、実際にそこに行ったかのような/またはそれと本質的に同じ体験ができること、だとわたしは思っています。
 本書は、黒鳥社とコクヨのコラボレーションによって立ち上げられたメディアリサーチユニットである、コクヨ野外学習センター」によるポッドキャスト、「働くことの人類学」の活字版。働くこと=労働=暮らしの糧になってしまって、働くことにポジティブなマインドを必ずしも持てない(ビジネス書を読むことも殆どない)わたしは、この本を手に取って、開いた頁のそこここに散りばめられた金言の数々に、救われた気持ちになりました。

 

 冒頭に置かれた、人類学者・松村圭一郎さん、小説家・柴崎友香さんの対談では、
「(略)いろんな仕事と人生の関係があって、野球が好きだから野球選手になることだけが一番いいわけではなくて、仕事から帰ってビールを飲みながらナイター中継を見たりするのもすごくいい人生だなと思ったんです。」
 ――そう、柴崎さんが語られていますし、「コクヨ野外学習センター」という一風変わった取り組みの、センター長である山下正太郎さんは本書の「あとがき」で、
「実はこの活動の主眼は「発信」にはない。あくまでこれはR&Dの一環であり、革新的なサービスや商品を生み出すための社会変化を捉える活動である。コクヨは100年以上にわたり「仕事」「道具」のあり方について考え続け、子どもから大人まで幅広く愛される商品を世に出してきた自負がある。しかし、社会の複雑さが増すにつれ、自分たちは誰のための道具をつくっているのか、本当にそれを欲している人たちは誰なのか、確信を持つことが難しくなってきている。」
 と書かれています。

 

 あらゆる国のあらゆる場所で、いまここで、とりあえずわたしが暮らしている日本でも、いかようにでも自分の「ものさし」を変えることができるし、また、新しい「ものさし」を感じとって、自らのものにしていくことこそ人生である。わたしはそんなふうに本書を受け止めました。7人の人類学者の素晴らしい「仕事」の成果をフランクに、語りによって伝えるこの本は、2021年の今、読むことができることに意味がある。そう思います。

 


『メンタル体操 1日5分で心も体も強くなる「すごい運動」』森本稀哲 著、清水忍 監修(KADOKAWA、2021.6)

IMG_20211222_133622_edited_edited2 メンタル体操 - YouTube:本書で紹介されている「メンタル体操」を実演した、公式チャンネル。

 

 何かに集中したいとき、みなさんはどうしていますか? 音楽があったほうが集中できる。いや、音があると集中できない。人それぞれ集中できる環境というのはあると思います。(中略)
 ただし、メンタル体操においては、音楽はないほうがいいかなと僕は考えています。なぜなら、カラダと対話してほうがいいと思っているからです。メンタル体操はストレッチが中心なので、「ここが伸びている」と感じながら行ったほうが、断然効果が上がります。

『メンタル体操 1日5分で心も体も強くなる「すごい運動」』コラム「カラダと話し合うことが大事!」より。

 

 このブログで触れたことは殆どありませんが、わたしは、野球が大好きです。というより、観戦やプレーすることも含めて、ほとんど唯一好きなスポーツ。
 ――といっても、どこまでいってもインドア/文化系人間であって、草野球を除いて真剣にクラブに所属してプレーしたことはありません。野鳥観察と同じで、野球に纏わる本を読むことも好きで、『フィールド・オブ・ドリームス』の原作者、W.P.キンセラの現代のトールテール(法螺話)というべき奇想天外な野球小説の数々。詩人・小説家、平出隆の幻想的野球散文『ベースボールの詩学』『白球礼讃―ベースボールよ永遠に』はわたしにとって、宝ものの2冊。そしてノンフィクション作家、佐山和夫が野球のルーツを追いかけた『野球はなぜ人を夢中にさせるのか―奇妙なゲームのルーツを訪ねて』。――こんなふうにプロフェッショナル・プレイヤーの自叙伝や技術書以外にも、野球本の地平はどこまでも遠く、拡がっています。

 

 本書は、プロ野球(NPB)、北海道日本ハムファイターズの新監督に就任した新庄剛志さんと同時期、ゼロ年代、ファイターズの全盛期を代表するアウトフィールダー・森本稀哲(もりもと・ひちょり)さんが、一般向けに書いたストレッチ/体操のHow To。森本選手といえば、天性のエンターテイナー・新庄選手とともに、派手なファンサービス、陽性のキャラクター「ひちょり」選手として知られていましたが、本書でも触れられているとおり、小学生のときに「汎発性円形脱毛症」に発症し、「髪の毛やまゆ毛、まつげが全部抜け」、精神的に大きなストレスを受けたとのこと。そうした経験を通じ培ってきた、体の力を借りることで、自然とメンタルを整える方法を紹介している、というのが本書です。各ページに取り上げられた体操が、添えられたQRコードのリンクを辿れば動画でも確認できる――というところまで含めて、この手のHow Toとしてよくあるスタイルではありますが、体操そのものも、奇を衒ったものではなく、シンプルで、本当に「誰もができる形」のもの

 

 ここ数年で、元プロ野球選手が次々とYouTubeチャンネルを開設していくなかで、森本さんが立ち上げた「ひちょりズム」の最初の動画が、「ひちょり体操」と題したストレッチ動画集だったのはおそらく偶然ではなく、彼がアスリートとして、最も発信したいことはこれなのだ。という宣言なのでしょう。本書も、この種の本としては意外なほどテキストが多いのも、本書全体を通じて、それぞれの運動が、どういう意図のものであって、どんなふうに身体を使い、続ければいいのか――。漠然とではなく、具体的に書かれた真摯の書。わたしはそう思いました。

 

 正直なところ、わたしはこのなかから、時間のない人はこれだけでも!といういくつかのものしか実践できていませんが、毎朝のストレッチに取り入れて、取り組んでいます。やっぱり、フィールドのダイヤモンドと同じように、野球本の地平は広大です。

 

 

【以前の記事から:2021マイ・ベスト・ブック、絵本編はこちら。『さわる たんけんたい』(文/仲谷正史、文・絵/いしだななこ)を取り上げています。】

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