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ブックレビュー“読む探鳥”: 山尾悠子『飛ぶ孔雀』――現実と空想世界を繋ぐPellets, Inc.

 

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Review-TobuKujaku

 

 当「ソトブログ」では断続的に、そして手前勝手かつ無手勝流に、野鳥にまつわる映画や文学作品を紹介する、というレビューを書いています。そんなことを続けておきながら、野鳥についてもビギナーで、文学者でも評論家でもないわたしにとっては実はそれは、とてもハードルが高い作業なのですが(とはいえとても愉しいことでもあって、最近は何を観ても、何を読んでも鳥たちを探している自分がいます)、今回取り上げる作品は更に険しい。その頂の名は――、

 

山尾悠子『飛ぶ孔雀』(文藝春秋刊、単行本:2018年、文庫:2020年)

 

 

飛ぶ孔雀は飾り羽根を畳み、下から茶色の風切り羽根の列をあらわして烈しく飛翔する。苛烈な羽音、艶やかな光沢のある青い首を低く伸ばし、闇の奥から不意をついてあらわれる、その目は狂気であり凶器、異形の縁取りは血の赤。

山尾悠子『飛ぶ孔雀』「Ⅰ 飛ぶ孔雀」より

 

 頁を開けば鮮烈な「飛ぶ孔雀」の描写。澱みのない流麗でうつくしい文体、奔放な想像力で空想世界を立ち上げては、カタストロフや唐突な展開によって破壊し、再びみたび幾度となく、目眩く幻想世界を紡ぎ続けていく。このたびの物語は文庫本に刷られた惹句によれば、「石切り場の事故以来、火が燃えにくくなった世界。真夏の夜の庭園の大茶会で火を運ぶ娘たちは、孔雀に襲われる。一方、男は大蛇が蠢く地下世界を遍歴し―。」――かつて安部公房に才能を見出され、泉鏡花、澁澤龍彦、倉橋由美子といった幻想小説家の系譜に連なる山尾悠子の本作のなかで、グッド・バーダーそしてグッド・リーダーを目指すわたしのような読者にとってひときわ異彩を放つように思われたのは、唐突に表れた以下の記述。
 しかして――「フクロウの吐くペリット、ピンセットによるその解剖」。

 

幻想世界のなかで異彩を放つ、“フクロウの吐くペリット”。

 

ただし傍らにひっそりと転がっている小さな固まりについては、その正体をどのように思い巡らしてみても皆目見当もつかなかった。黒っぽい毛のようなものがぎっしりと絡みあった五センチほどの楕円の固まりで、内部に白くてかぼそい骨らしいものが混じっているのが見て取れる。

引用同上


「言うまでもないが、それはペリットだ」と「国土地理院の男」が言い、そして続けます。

「有名なペリット社というのがある。ペリットを専門に収集販売する会社のことで、それは国内にはない、海外にある」
 Pellets, Inc.と男は尖った石の先端を使って地面に書いた。

引用同上

「聞いたはなしだが、熟練者の優秀なペリット収集人たちを社員として雇い入れているのだそうだ。さぞかし高給をもって遇しているのだろうが、それにしてもこの商売が会社組織として成り立つということは、それだけペリットの解体を好んで打ち込む者が多いことを意味している。何も専門の学者に限ったことではないのだ。そして学校の児童にペリットの解剖を行わせているとも聞くが、実に有益で興味深い授業と言えるだろうな。」

引用同上

 

 これは物語の前半部ですが、相互に連関の掴みづらい、捉えどころのない断章のつらなりのような小説の、後半にもさらに、こんな箇所があります。

 

「われわれは海外のペリット社とも連携しています。フクロウ類の吐き出すペリットを収集販売するので有名なあれです」
「有名なあれですか」
「有名です。何しろ実在します」

山尾悠子『飛ぶ孔雀』「Ⅱ 不燃性について」より

 

現実世界と空想世界に、ほんとうに実在する「ペリット社」。

 

 ひょっとすると若輩者のわたしが無知なだけで、ヴェテランのバーダー諸氏にとっては周知のことかもしれないけれど、登場人物たちの語っていることはほんとうで、フクロウのペリット――鳥が一度飲み込んだものの、未消化のまま口から吐き出されたもの。ペレット。――を商うPellets, Inc.」は米国ワシントン州ベリンハムに実在します。

 同社のウェブサイト、オーナーのBret K. Gaussoin氏による「About Us(私たちについて)」によれば、ペリット社は1980年創業。

 

I have had a virtual lifelong interest in birds of prey and have devoted my life to their study and preservation.(私はほとんど生涯を通じて猛禽類に関心を持ち続け、彼らの研究と保護に、人生を捧げてきました。)

https://www.pelletsinc.com/pages/about-us より。括弧内は拙訳。

 

 山尾悠子さんが自作についてのエッセイで「ペリット社は実在する。通販できるらしい。」と書いているとおりに、オンラインストアでは本物のBarn Owl(メンフクロウ)のペリット、あるいはそのレプリカ、書籍やDVDといった教材など、フクロウとそのペリットに纏わるさまざまなものが扱われています。「完全に架空の世界を文章の力で作り上げる」ことにかけて、文学界随一の奇才である山尾さんにとっても、このペリット社の実在を発見したことがたいへんな驚きであり、創作の刺激となったであろうことが、作中で記述を繰り返し、作中人物にも、自身でも「実在」すると繰り返し述べさせ/述べていることによって伺われます。

 

 探鳥家としても読書家としても未熟なわたしは、ペリット社の実在と、それが現代最高峰の幻想文学のなかで言及されること。その両方に驚きおののき、そして幸せに感じています。小説を読み続けて、山尾悠子に辿り着かなければ、なおかつ、野鳥を好きになりこうしたテキストを書くことがなければ、このような驚くべき/ほんのちょっとファニーで/うつくしい、現実世界と空想世界の両方を知り、味わうことはできなかったのですから!

 

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・ペリット社(Pellets, Inc.)のウェブサイト

Pellets, Inc.

 

 

【以前の記事から:いまわたしが読んでいる紙のうえの鳥たちが、目の前の窓の外にもいる歓び。】

いま読んでいる紙のうえの鳥たちが、目の前の窓の外にもいる――トマス・ハーディ『呪われた腕 ハーディ傑作選』 - ソトブログ

 

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