ソトブログ

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カフカ『変身』の「新潮文庫の100冊」2018プレミアム・カバーに見惚れて――または言ってみりゃ僕らが紙の本を愛す理由。

 

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私がカフカ『変身』の「新潮文庫の100冊」2018プレミアム・カバーを手にとった理由。

 

いまや「紙の本を買わなくなった」という人も少なくないかも知れません。本が嫌いだから、というのではなくて、ひょっとしたらたくさん読む人ほど。
「だって嵩張るし、スマホやタブレット、Kindleに入れておけば、何時でも何処でも、何千冊だって持ち歩けますし」
確かにそのとおりです。
かくいう私も、Kindleを持っていますし、便利に使っています。
しかしどうしても、紙の本はやめられない。何故なら、たとえばこんな出合いがあるからです。
この写真を見てください(すでにアイキャッチにも載せていますけどね)。

 

 

そう、本好きなら――あるいはそれほどでもない人でも――ご存知のように、夏になると毎年「新潮文庫の100冊」というキャンペーンに合わせて、そのなかでも選りすぐりの名作の“プレミアムカバー”が登場しますが、今年も8冊が選ばれた作品のなかのひとつが、このカフカ『変身』です。私自身、カフカは大好きで、『変身』は何度も読んだことがありますし、手許に紙の本もありますし、青空文庫版の電子書籍も、Kindleのなかに入っています。この高橋義孝訳の新潮文庫版だって、以前に買って読んでいます(いま手許にはなさそうなので、実家にあるかも)。

 

にもかかわらず今回、手にとって、買ってしまったのは、この装丁です。

 

マスプロダクトとしての紙の本の、最後の輝き?

 

このカバー、光のあたり具合でも様々に表情が変わります。<印刷を施した紙>の美しさ!

 

とにかく、美しい。

 

(以前編集者をしていたことがあるとはいえ)私はデザインについて専門的に学んだことがないので、技術的に語ることができないのがもどかしいですが、細かい凹凸のついたカバー用紙の地のオレンジの鮮やかさ。そこに箔押しでタイトル、作者・訳者名が記されてます。そしてその箔押しが、紫! なんともクレイジーな配色ですが、そこは何といっても、この本はカフカの『変身』です。改めて紹介は無用かもしれませんが、私、極端にあらすじをまとめるのが苦手なので(当ブログの映画レビューでも、当初は書いていたあらすじは、いつからか書かなくなりました)、カバー裏の紹介文を引用しますと、

 

ある朝、気がかりな夢から目をさますと、自分が一匹の巨大な虫に変わっているのを発見する男グレゴール・ザムザ。なぜ、こんな異常な事態になってしまったのか……。謎は究明されぬまま、ふだんと変わらない、ありふれた日常がすぎていく。

 

――そんな小説です。悪夢的とも、迷宮的とも、あるいはいっそ滑稽なユーモラスささえ感じさせるともいえるカフカの小説世界を、徒に装画や図案を用いることなく、配色と印刷技術だけで表現しています。

 

 

そんなことは、今のところ電子書籍には叶わない芸当です。新潮社には出版業界やデザイン業界でよく知られた、「新潮社装幀室」というデザインの専門部署があり、このカバーも、(何故かクレジットがありませんが、外部デザイナーなら尚更クレジットがあるはずなので)その仕事だと思われます。ともかく、この美しさに触れてしまうと、本というプロダクトの完成度の高さに息をのまずにはいられません。だって、こんなに美しいものが、320円+税で買えてしまうのです。誤解をおそれずにいえば、ほとんどただみたいなものです。

 

今回のスペシャルカバーのラインナップは全8作品。どれも美しい。とくに夏目漱石の『こころ』が白、というのに惹かれます。画像は、<新潮オンラインショップ>より。

 

「コストパフォーマンス」という言葉はあまり好きではありませんが、どんなデジタルガジェットも、デザイン家電も、車も、これには敵いません。こうした域に達しているのは、手近で思い浮かぶのは、文房具くらいでしょうか。

 

「何で本をわざわざ紙に印刷するのか意味がわからない」。――そんな声も(正確にはテキストを)、最近ウェブで見かけました。近い将来、マスプロダクトとしては、紙の本は消滅してしまうのかもしれません。実際、印刷された本、というのは好事家のためのもの、よりコレクタブルなものになるのでは、という予測もあります。しかし、グーテンベルクによる活版印刷から数えても、600年あまりの印刷の歴史を経て、ここまで洗練されたマスプロダクトになった紙の本が、消えていってしまうのかと想像するとさびしくなります。

 

「かつてこれほどまでに美しい工芸品が、わずかコイン数枚で買えた時代があったのだよ……」

 

そういうふうに語られる未来には、コイン(モノとしての貨幣。これも好き)の方が先になくなっているでしょうけど。

 

Twitterでも呟きましたが、このカバーに、PPフィルムをかけてみました。表紙の紙の保護にもなるし、これはこれでまた、イメージが変わります。表紙の保護というと、古書などではパラフィン紙(グラシン紙)が使われることが多いですが、これだけ美しいと、色味をあまり損なわない、こんなふうな方法をとってみたくなります。

 

 

新潮社「新潮文庫の100冊2018」公式サイト
https://www.100satsu.com/

 

一応リンクを貼りましたが、Amazonで注文したら、限定カバーではなくて通常のカバーかもしれません。ただ、このカバーも好きです。カフカの<顔>も作品だと思える。

 

「新潮文庫の100冊」の今年のラインナップを紹介した小冊子。書店で配布されているものですが、Kindleでも無料で読めるようです。

 

 【「デザインについて専門的に学んだことがない」私ですが、僭越ながら電子書籍の表紙デザインをさせていただきました。】

www.sotoblog.com