ソトブログ

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“Walkin: No More Runnin”――Music for Slow Joggers #004/Birders' Songs #022(野鳥とランナーのための音楽プレイリスト)

 

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写真はキジ(2020.6撮影)

戦時下、わたしたちのいるところ。あるいは「歩け、走るな」。

 どのような途方もない無理無体、非人間性、不条理が姿を現すのであろうか、とその私は心ひそかに待ち受けてもいた。……それらはここに存在し、必ずあからさまに出て来るはずである。形式的にはもう私は「一匹の犬」であるにしろ、それらの出現がより実質的に私をそれにしてしまうであろう。そしてそのことをこそ私は覚悟して来ているのではないか。
(中略)
 やはり私は歩いていた。新砲廠の表は、ほぼ扉の開いた幅だけ、廠内と同じようにコンクリートで舗装せられている。私の下駄がコンクリートに接触する音を、私は、いかにも高い音に聞いた。仁多軍曹の手前十数メートルを行く私に、「駆け足だよ、貴様。」と怒鳴る声が、二列横隊の左翼から飛んで来た。ちらとそちらに眼をやっただけで、私は、その第二班の関上等兵を黙殺した。私は、駆け足をする意志がなかった。私は、駆け足をすることができなかった*1。私の嗅覚は、目の前の事態に何か理不尽な物が隠れ潜んでいるらしいのをぼんやり嗅ぎつけていたようである。私は、全員の視線が私に浴びせられるのを意識しつつ歩いた。仁多軍曹まで約二メートル、四人一列横隊の左翼に、私は、停止し、彼に敬礼した。おりからわれわれの教官白石少尉、それに大前田軍曹、第二班長田中軍曹の三人が、新砲廠の西横手を出て、私の斜め左向こう十二、三メートルにたたずんだ。

大西巨人『神聖喜劇』第一巻「第一部 絶海の章・第二 風」より(光文社文庫版・2002年/小説『神聖喜劇』は1960~70年に雑誌連載、1978~1980年に単行本刊行)

大西巨人『神聖喜劇』光文社文庫版。2002年にリリースされ、現在も発売され続けていることは、奇跡であり、当然だと思います。全人類必読の書(とにかくクソ面白い)。

 

 「Music for Slow Joggers」且つ「Birders' Songs」、すなわち 「スロージョギングのための音楽プレイリスト」であり尚且つ「バーダー(野鳥愛好家)のための音楽プレイリスト」をAmazon Music Primeで作成し紹介する。――という奇天烈な企画が成立し得る(あるいは、し得ない)理由については、毎週月曜掲載の「Music for Slow Joggers」過去3回分をご参照下さい。(第1回第2回第3回

 

 ――この間、戦時下にわたしがそれらしくやったことといえば、新兵訓練を描いた強烈な前半部が余りにも印象的なスタンリー・キューブリックのヴェトナム戦争映画、『フルメタル・ジャケット』(1987年)を20年ぶりくらいに観返したことと、上記引用した大西巨人による、太平洋戦争下の日本、対馬要塞での新兵訓練を描いた抱腹絶倒の大巨編『神聖喜劇』をこれまた20年ぶりに読み返し始めたことです。


 ジョグやバーディング(野鳥観察)を音楽に見立て、あるいはそれらの愉しみを増幅させるための音楽を選んでみたりというディレッタンティズム溢れた遊戯ができるのは、わたしたちが現代において、如何に特権的な地位を得ているかの顕れでしょう。少なくともわたしたちが「戦後」と呼ぶ時代に生まれ、あらゆる意味において現実的な犠牲を払わず、それを享受している側の者であるならば、「それ」はわたしたち自身が勝ち取ったものではありません。

 

 昼休みに、黙食を強いられる状況下で、愉しみのために音楽を流す、ついてはプレイする楽曲を学生のみなさんにリクエストします、但し、不快な表現、例えば「殴る」「蹴る」などの歌詞の含まれない穏当で楽しい音楽を!――わたしたちが暮らしているのは、そのようなところです(暴力を是認あるいは肯定しているわけではありません。為念。わたしが問題にしているのは、自己規制乃至忖度を柔らかく強いる「空気」のことです。この提案はおそらく学生から出たものでしょう。学生たちは、そうした空気を内面化しています。それを批判するつもりもなく、『神聖喜劇』の主人公・東堂太郎のようには振る舞い得ない、わたしたち自身の問題です)。ザ・ブルーハーツの「人にやさしく」を栄養調整食品を生産・販売している企業の、「受験生応援モノ」とでも呼べそうなジャンルのCMで使用するにあたり、「気が狂いそう」で始まる1番を端折って、2番から始める、わたしたちが暮らしているのは、そのようなところです。同じくザ・ブルーハーツの「青空」を、1番冒頭(「ブラウン管の向こう側/カッコつけた騎兵隊が」)から使ったCMもまた、見たことがありません。「生まれた所や皮膚や目の色で/いったいこの僕の何がわかるというのだろう」というサビは、何度となく、意味を剝ぎ取られるほど使い尽くされたというのに!――ここは、そのようなところです。

 

 今回のプレイリストのM01、アメリカ、インディ・フォーク・ロックの最前線(わたしはあえて今、ミリタリー・タームを用いました)にいるBig Thiefは歌っています。

 

Would you walk forever in the lightTo never learn the secret of the quiet night

 

 わたしは七年前、当時書いていたもっと日記に近いブログで、ラジオから聞き起こしたテキストを思い出しました。

 わたしにとって、あなたにとって、音楽とはどのようなものでしょうか。わたしには生硬で論理的で独自の倫理観に貫かれた大西巨人の『神聖喜劇』のテキストも、音読してみれば、音楽に聴こえます。鳥の囀り(Song)が歌であるように、走るわたしの心臓の鼓動がビートであるように。ではまた、次回!

 

プレイリスト「2022.04_Walkin: No More Runnin」

※以下、選曲は全て、「演者/曲名」で表記しています。
※プレイリストのリンクをクリックすると、Amazonプライム会員の方は、Amazon Musicで聴くことができます。

2022.04_Walkin: No More Runnin」(選曲:ソト

M01. Big Thief/Change
M02. Kodaline/Love Like This
M03. Blu DeTiger/Hot Crush Lover
M04. Roberto Musci/Woman Of Water And Music
M05. The Traveller/Hummingbird
M06. ヘクとパスカル/冬の小鳥
M07. the chef cooks me/四季に歌えば
M08. Kina Grannis/Beyond The Sea
M09. Animal Collective/No More Runnin
M10. Belle and Sebastian/Little Lou, Ugly Jack, Prophet John
M11.あらかじめ決められた恋人たちへ/gone feat.曽我部恵一
M12. フィッシュマンズ/Walkin'
M13. John Mayer/Stop This Train

  Kodaline - Love Like This - YouTube:M02、今回のプレイリストのなかで最も「ランナーのための」にふさわしい、走るラヴソング。

 

【Amazon Music オフィシャルサイト】
Amazon Music Prime
Amazon.co.jp: Amazon Music Unlimited

 

当ブログ、プレイリスト企画で2度目の登場の「Change」を含む、2022年2月リリースのBig Thiefの最新アルバム(日本盤)。

 

大西巨人『神聖喜劇』には、2006~2007年に刊行された漫画版もあります。こちらも傑作。

 

上述の、わたしが7年前に聞き起こした部分をも、オフィシャルに完全収録したテキスト「大人とは何か」所収の、『菊地成孔の粋な夜電波』書籍化第3集(2019.3刊)

 

【当ブログの「Music for Slow Joggers」「Birders' Songs」および、音楽、野鳥観察についての記事一覧はこちら。】

*1:※強調部分の原文は傍点。