ソトブログ

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ブックレビュー“読む探鳥”:マイク・スピーノ『ほんとうのランニング』――読んで鳥に出逢い、走れば傍に鳥たちが。

 

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Review-Beyond-Jogging

 

 

本を読むのは何故?――全ての本が、読んでいるわたしにとって「役に立つ」!

 

 でもいいんだ。望美はまるで明るい気持ちだ。いつか仲直りできるかもそれないから、ではなくて――むしろ卒業したりすることで、綾だけではない、いろんな人とどんどん疎遠になっていくだろうと確信しているのだが――本を読んでいたことで、この気持ちを、殴られた痛みまで含めて、あらかじめ知っていたからだ。
 本はつまり、役に立つ!

長嶋有『ぼくは落ち着きがない』(光文社、2008)より

 

 本を読むのは何故でしょうか? それがビジネス書や料理本などの実用書なら、自分にとって「役に立つ」、有用だからだと感じるからだろうけれど、高校の図書部、小説やマンガ好きの部員たちを描く長嶋有『ぼくは落ち着きがない』で上述のくだりを読んだとき、わたしは、全ての本が、読んでいるわたしにとって役に立つのだ! と蒙を啓かされた思いがしたものです。

 

 今回取り上げるマイク・スピーノ『ほんとうのランニング(近藤隆文 訳、木星社、2021年)は、ランニング・コーチである著者が1976年にアメリカで上梓した原著、“Beyond Jogging: The Innnerspaces of Running”の35年越しの初邦訳です。帯文に「マインドフル・ランニングの名著」と銘打たれたこの本を、わたしが手に取って読んでみようと思った最初の動機は何だったか、心身のコンディショニングに関心があったのは確かですが、「ランニングを始めてみよう!」と思っていたわけではありませんでした。

 

ランニングとは身体を鍛える手段であると同時にひとつの芸術形式(アートフォーム)だ」「私のような熱狂的なランニングファンが言うと裏切りめいて聞こえるかもしれないが、ランニングのような美しさを秘めた表現が、芝生のフィールドに轍をつくるジョギングの流行に終わるのは見るに忍びない。」と書く著者は、今日のアスリートたちが行う科学的なトレーニングの先駆者であって、1960~70年代のカウンター・カルチャーの世代にふさわしく、ランニングをアートフォームのひとつとして身体を使ったホリスティックな芸術として捉えていて――オルタード・ステイツ(変性意識状態)やスーパーマインド(超精神)といったターム、ヨガや瞑想、合気道などの東洋思想をも取り込んで、そのことを実現しようとしています。

 

『ほんとうのランニング』で予期せず出逢った野鳥から、自分でも想定していなかった事態へ。

 

 ――マインドフルネスという概念が注目されたり、心理学や精神医療が、現代を生きるわたしたちにとって身近で、不可欠なものとなったりしている現代社会を鑑みれば、本書が原著の時代から時を超えて現代に呼びかける問題意識を、わたしたちが共有できることをわたしは否定しないどころか深い共感とともに本書を読みましたが、わたしにとってそれ以上に発見だったのは、――そしてこの文章を「ブックレビュー“読む探鳥”」として書いている理由は、以下のセンテンスを発見したことに拠ります。第5章「ランニングの精神性について」Chapter5: The Innerspaces of Runningには、現代では「ゾーンに入る」ということばで語られがちな、アスリートの経験する変性意識状態について様々な実例が列挙されています。
 そのなかに、1954年に世界で初めて、1マイル4分を切るという記録を打ち立てた英国の陸上選手で、医者でもあったロジャー・バニスターの自著からのテキストとして、スコットランドでのある日の出来事が綴られています。

 

「私のシーズンが台なしにした原初の歓びに駆け戻る気分だった。虹は、岸辺の花崗岩にあたって砕ける波のしぶきに消えていった。頭上ではカモメが鳴き、野生のヤギの群れが岬にシルエットを浮かびあがらせていた。ふたたび走りはじめると太陽が目に入り、ほとんど何も見えなくなった。ヒースの生い茂る泥炭や湿地と滑りやすい岩の見分けはほとんどつかなかったが、私の足は滑ることも疲れることもなく、新たな生命と自信にみなぎっていた。見えない力に引き寄せられ、私は無我夢中で疾走した。陽が沈み、森が燃え上がり、空がくすんだ煙に変わった。やがて疲れがやってきて、出血している足がもつれた。ヒースに覆われた土手を転がり落ちて地面に横たわる私は、幸福な疲労感に包まれていた」

マイク・スピーノ『ほんとうのランニング』(近藤隆文 訳、木星社、2021年)より、ロジャー・バニスターの著書『最初の4分間』First Four Minutesからの引用。

 

 活字の海のなかで出逢うつもりのなかったカモメに偶然遭遇したわたしは、わたし自身には直截実践できそうにない『ほんとうのランニング』のトレーニング法を脇に措いてすぐに、田中宏暁『ランニングする前に読む本 最短で結果を出すトレーニング』(講談社ブルーバックス、2017年)という本を、ポチっていました。そしてその本にある、「スロージョギング」という、マイク・スピーノの方法論とは対照的な、誰でも楽なペースで始められる方法に従って、ジョギングを始めたところです。早朝に近くの運動競技場の外のジョギング・コースを走ってみたら、上空にはトビが滑空し、目の前をヒヨドリが横切り、街路の高い木の上には、ホオジロが留まっていました。芝生には数羽のツグミが歩き回り、もちろん、スズメやカラス、メジロたちが鳴き交わし――

 

2022-02-24_01-58-53 カンザクラの花の蜜を吸うメジロ(2022.2)※本文とは関係ありません。

 

 読書は役に立つし、わたしの心身のコンディショニング、そして日々の愉しみに、鳥たちも役に立ってくれています(彼/彼女らには、そんなつもりはないでしょうが)。

 

 

【野鳥に関する本、映画等についてのレビューを、シリーズ「読む探鳥、観るバードウオッチング」としてカテゴリーにまとめました。】

 

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