ソトブログ

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コロナ禍のさなか、小説の記述に鳥を探す、バードウォッチング。――カーソン・マッカラーズ『結婚式のメンバー』

 

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マッカラーズ版『ライ麦畑でつかまえて』――あるいはあちらの方が、サリンジャー版『結婚式のメンバー』?

 

結婚式のメンバー (新潮文庫)

結婚式のメンバー (新潮文庫)

 

 

前回、4年越しの「読みかけの本」として紹介した、カーソン・マッカラーズ『結婚式のメンバー』(村上春樹訳、新潮文庫、2016年)は、これまで知らなかったことを悔やむくらいとても素晴らしい小説で、一読しての感想は、本書(原著“The Member of the Wedding”は1946年に刊行)と同時代のJ.D.サリンジャー『ライ麦畑でつかまえて』の「女の子版」。というより、『ライ麦』の方が発表年が遅い(1951年)ことを考えると、あちらの方が「少年版」あるいは、サリンジャー版『結婚式のメンバー』というべきべしょうか。

 

その証左といえるかどうか、『結婚式のメンバー』にはこういうくだりがあります。

 

誰にも言わないって誓いなさい。こう誓うのよ。もし誰かにそのことを言ったら、神様がぼくの口を縫い合わせ、目を縫い合わせ、はさみで耳を切り取ってかまいませんって

 

これには、『ライ麦畑』の有名なあの箇所を思い出さずにいられません。

 

でも、仕事の種類なんか、なんでもよかったんだ。誰も僕を知らず、僕のほうでも誰をも知らない所でありさえしたら。そこへ行ってどうするかというと、僕は唖でつんぼの人間のふりをしようと考えたんだ。そうすれば、誰とも無益なばからしい会話をしなくてすむからね。

 

とにかくそれくらいの本だと思いましたが、回り道をよしとするこの「ソトブログ」では、ストレートにその魅力を伝える筆力がわたしにはないために、正面から作品について論じることはしません(できません)が、久しぶりに朝から晩まで時間を気にすることなく断続的に一冊の本に付き合ってみて、『結婚式のメンバー』を読み終えて気づいたことは――、

 

と、ここでそれを書いてしまうより、そのまま本文を引用することにしましょう。少し長くなりますが、どうぞお付き合いください。

 

カーソン・マッカラーズ『結婚式のメンバー』からの、とあるテーマで選んだ引用。

 

 彼女の兄とその花嫁が家に来ることになっていた八月のその日の朝、いったい二人は何をしていたのだろう? 二人はあずまやの葡萄棚の陰で、クリスマスについて語り合っていたのだ。太陽の光は激しくまぶしく、陽光であたまがおかしくなった青カケスたちはわめきたて、つかみ合いをしていた。

カーソン・マッカラーズ『結婚式のメンバー』(村上春樹訳、新潮文庫、2016年)より ※以下引用全て

 

 あるいは淡い色合いの春の夕暮れのあと、甘くて苦い塵と花の香りが空中に漂い、あたりは暗くなって窓に灯がともり、夕食ですよと告げる語尾を引きずった声が聞こえ、エントツアマツバメたちが群れ集い、街の上空を飛び回るのだが、ツバメたちがひとかたまりになって、どこかねぐらに帰っていくと、空がとたんにがらんと広くなってしまう。

 

 ジョン・ヘンリーは両腕を突き出してバランスをとりながら、手すりの上を歩いて渡った。窓の黄色い明かりの前で、彼は小さなブラックバードのように見えた。

 

黄昏の時刻には、空はちょっと不思議な青緑色に染まる。そしてほどなく白へと褪せていく。空気は柔らかな灰色で、あずまやと灌木は次第に暗さを増していく。その時刻になると雀たちが群れて、街の上空を飛び回る。街路に並ぶすっかり暗くなった楡の木から、八月の蝉たちの声が響く。

 

他の乗客たちもまどろんでいるように静かだった。バスは揺りかごのようにゆっくり揺れ、柔らかなうなりを立てていた。外の世界は午後の日差しに厳しく焼かれ、ときおりノスリが一羽、白く眩しい空にバランスをとりながら、気怠く浮かんでいた。

 

 強い翼をもった雁(かり)の群れが、矢のようなかたちで庭の上空を飛んでいった。フランセスは窓のところに行った。その朝には霜が降りて、茶色くなった芝生や、隣家の屋根や、錆色のあずまやのしなびた葡萄の葉までも銀色に変えた。

 

その場所に生きている鳥たちを含む、<彼らの生きている場所>のリアリティー。

 

ノスリ こちらは以前の記事で紹介したノスリ(2018.1撮影)

 

――そう、訳文で文庫本にして300ページあまりの小説のなかにこれだけの「野鳥についての描写」(なかには比喩も含みますが)が見られるのです。

 

それが特異点として目に入ってしまうのは、わたしが鳥見が好きな、バードウォッチャーだからかもしれませんが、引用した箇所を読むかぎり、著者も伊達や酔狂でこの記述をしているのではないでしょう。何故なら、小説全体は、引用したこれらの野鳥についての一文がなくても成立するといえるからです。

 

風景などの描写を、ストーリーやドラマに従属するものという文学観ないしフィクション観をお持ちの方もいるでしょうが、マッカラーズの小説は、とりわけ鳥が好きなのかどうかはいざ知らず*1、少なくともそういう種類のものではなさそうに思えます。そして『結婚式のメンバー』の主要なメンバーたち、主人公フランキー(F.ジャスミンあるいはフランセス)、ジョン・ヘンリー、ベレニスたちの存在のリアリティーと同じくらい、彼らの生きている場所、そこにあるもの、その場所に生きている鳥たちを含む<他のものたち>のリアリティーが、この世界を支えている。

 

もっといえばこの小説は、彼ら、アオカケスやエントツアマツバメ、スズメ、ノスリたちのものでもある。――わたしにはこの「気の触れた夏」の物語は、そういう物語だと感じられました。

 

2020-04-28_11-58-04 今回も、手書きノートでいったん全て書いてから、タイプし直しました。手間が増えているはずなのに、この方が愉しいし、捗ります(個人の見解です、でも意外とオススメ)。ノートはマルマンの「Mnemosyne(ニーモシネ)」、型番「N182A」

 

マルマン ノート ニーモシネ A5 方眼罫 N182A

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結婚式のメンバー (新潮文庫)

結婚式のメンバー (新潮文庫)

 

 

【以前の記事から:小説『結婚式のメンバー』に触発されて、音楽のプレイリストを作ること。】

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*1:引用における、ツバメ(アマツバメ)のねぐら入りや、雁(かり=ガン)のV字飛行の端的で的確な描写を見れば、バーダーの端くれとしては、「マッカラーズも鳥好きだった。」と思いたくもなります。