ソトブログ

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なんとなく疎遠になってしまった人のこともよく憶えている。 (あるいは、普通の人の普通の日々 #003)

 

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 【この記事は私の妻がフィルムカメラ、ペンタックスSPで撮影した写真に、私が文章を添える形の連載の3回め。今回はフィクションです。】

 

ASAHI PENTAX ペンタックス SP ボディ シルバー

ASAHI PENTAX ペンタックス SP ボディ シルバー

 

 (ペンタックスSPは、妻が団塊世代の父から譲り受けた往年の名機・大衆機なのですが、現在でも中古市場で取扱いがあります)

 


 

豊島区要町の猿。

 

なんとなく疎遠になってしまった人のこともよく憶えている。夢のなかにも出てくるし、眠る前の、天井を見つめているこんな時間にも思い出す(豆電球を点けないと寝られないので天井はよく見える)。

 

古い友人、先輩。一年間苦楽を共にした予備校時代の仲間たち。一ヶ月働いたバイト先の店長。彼の元カノ。実家の天井の木目が女の人の顔に見えていた。その「女性」――それって人じゃないけど。「人じゃない」っていうことでいえば、「ポッケ」にも会ったっけ。教育テレビの猿のキャラクター。街なかのロケに出くわしたのだ。握手もしてくれた(操り人形だけど)。

 

豊島区要町でホントの猿にも会った。リードに繋がれて、飼い主の肩に乗っかったり、スルスルスルッと降りてって、アスファルトの上を歩いたり(二足歩行!)。思わず飼い主のお兄さんに話しかけたら、握手させてくれた。
「あんまり人になつかないから、気をつけて下さいね。引っ掻かれるんで。」
「きゃあ、しっとりしてますね。」
そう、あの子は、赤ちゃんみたいな手で、しかも、しっとりしてた。その感触は今もよく憶えている。握手した相手のことは、忘れないのかもしれない。

 

 

今日は隣で寝ている彼に、このときのことを話すと決まって、
「あの、手の“しっとり”してる猿でしょ。」
と言う。ということは私はだいぶ、“しっとり”を強調したんだと思う。あと、
「あの飼い主の人、Yじゃないから。オレ、写真見たことあるもん。」
とも。Yという作家の小説にちょうどあのときみたいな猿を買っている人が出てきて、その描写のディテールがあまりにも詳しいし愛が感じられるから、私はぜったいYは猿を飼っていると思っている。そしてあの人はたぶん、Yだ。あんなどド平日の深夜に、猿を連れて要町なんか歩いている人、普通の職業の人なわけないじゃない。いくらそう言っても彼は絶対認めないけれど、夜だったし、自分は遠巻きに眺めていただけのくせして、顔なんかちゃんと見ていたんだろうか。

 

 

天井の木目はプリントだったから、同じ“顔”が並んでいたのだけれど、仰向けに寝ている自分の眼のまっすぐ上の“顔”だけが、“たましい”が感じられた。「全ての“顔”があるものに、“たましい”がある。」ということは、やっぱり教育テレビが教えてくれた。

 

『それいけノンタック』。

 

ノンタックはいつもは『ど根性ガエル』のヒロシみたくおでこに乗せているメガネを、眼にかけたときにだけ、モノとおしゃべりすることができる。コタツだって、冷蔵庫だって、ショベルカーだって、ゴミ箱だって。
彼らは一様に親切で、優しくて、いい人だった。そして目があり鼻があり口があった。教育番組だから当たり前かもしれないけれど、でもだから私は、全ての(“顔”がある)モノに“たましい”がある、と考える方が楽しい。彼らはいい人なのだから。

 

 

なんとなく疎遠になってしまった人のこともよく憶えている。でもディテール細かく思い出すのは、「人じゃない人」ばかりだ。寝る前の、天井を見つめながらの記憶の呼び起こしだからかもしれない。私がイチローで、ヒットの記憶を作る打席に向かうあいだだったら誰を思い出すかな? 就任演説を行うオバマ大統領だったら? 私がアイドルになって、握手会なんかしたら、握手した一人ひとりのファンの顔を、今みたいなときに思い出せない。天井のしみが顔に見えてきて目が冴えてきて、枕もとの目覚まし時計を見たらもう三時だった。明日は早いのに。

 

気持ちばかりあせって、手のひらに汗をかいて、やっぱり思い出すのは、あの手のしっとりした豊島区要町の猿だった。(終)

 

 

 ※今回の文章のタイトルは、以前好きだった、(今は更新されていない)下記のサイトから引用させて頂きました。

なんとなく疎遠になってしまった人のこともよく憶えている

 

往年のペンタックスカメラ図鑑 (エイ文庫 (046))

往年のペンタックスカメラ図鑑 (エイ文庫 (046))

 

ペンタックスのフィルムカメラについては、様々な本が出ています。見ているだけでも愉しい。

 

イントゥ・ザ・ワイルド [DVD]

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 「疎遠になってしまった」わけではないのですが、今はなかなか会う機会がない年上の友人に教えてもらって、一時期毎日、環境ビデオのように点けて観ていた作品です。