ソトブログ

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“雀ノ欠伸”――Bird Songs in Apples #006(野鳥と音楽を愛する人のためのApple Musicプレイリスト)

 

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写真はヤツガシラ(2021.3)

イサク・ディネセン『アフリカの日々』の“絵描きうた”。

 

 たしかこの「ソトブログ」でもちょっとだけ取り上げたことのある、20世紀初めのデンマーク人女性、イサク・ディネセン(本名カレン・ブリクセン)による紀行文学――というより、本人が故郷から遠く離れたアフリカ、ケニアの地でコーヒー農園を経営した18年の歳月を回想した記録文学アフリカの日々Out of Africa(横山貞子訳、河出文庫)には、著者が子どもの頃に聞かされ、魅せられたという、“絵描きうた”が出てきます。著者によれば<話を聞かせながら、眼のまえで描いてゆき、それが刻々かわってゆく、一種の動画である。その話はいつ聞いても、一字一句ちがわないのだった。>という、そんなおとぎ話のような。
 ちょっと長くなりますが、以下、その部分を引用します――。

 

 小さなまるい家があって、小さなまるい窓があって、小さい三角の庭のあるお家に、ひとりの男が住んでいました。
 家の近くに池があって、魚がたくさんおりました。
 ある晩のこととてもやかましい音がして、男の人は目をさまし、いったいなにがおこったのかと、暗闇のなかを出かけました。池のあるほうに行きました。
 ここで話し手は、地図の上で軍隊の動きを示すように、その男がたどった道の線を引きはじめる。
 男はまず南のほうへ行きました。すると道のまんなかの大きな石につまづきました。もうすこし行くと、溝におっこちて、そこから這いあがり、またおっこちて、這いあがり、また三つめの溝におちて這いあがり、やれやれ、なんとか助かった。
 おかしいな。どうやら道をまちがえた。男は北へ駆けもどる。すると、なーんだ、やっぱりあの音は、南からきこえるではありませんか。そこでまたもや、南に向かっていきました。道のまんなかで大きな石につまづき、それから少し行くと、溝におっこちて、這いあがり、またもうひとつの溝におっこちて、這いあがり、またまた三つめの溝におちて、這いあがり、どうやら助かった。
 もの音は池のはずれでしているらしい。もう、今度はそれがよくわかりました。池まで走っていってみると、水止めに大きな穴があいていて、そこからどんどん水が流れ出し、魚も一緒に流れています。男の人は穴をせきとめにかかり、その仕事が終ると、やれやれと言って、家に帰って寝ました。
 さて、つぎの朝、この男が小さなまるい窓から外を見ると――と、ここでこの物語は、最大級の劇的効果をあげて終りにかかる――その人はなにを見たのでしょう?――ほら、コウノトリ!


イサク・ディネセン『アフリカの日々』(横山貞子訳、河出文庫)「第4部 手帖から」より。

 

 あえてここに、このお話で完成したコウノトリの絵はお見せしません。気になる方は、ぜひ本書に当たっていただきたく思います。農園の経営が破綻して帰国したカレンが、1937年、52歳でイサク・ディネセンという男性名をペンネームに用いて出版したのが『アフリカの日々』。それはずっと後年(1985年)になって、シドニー・ポラック監督、メリル・ストリープ、ロバート・レッドフォードの両主演で、『愛と哀しみの果てOut of Africaというタイトルで映画化されています。メリル・ストリープ演じるのはもちろん、カレン・ブリクセン。そこにロバート・レッドフォードの名が並び立っているのは、この映画が邦題に明らかなとおり、ラブロマンス、それもウェットな哀しみをたたえたメロドラマとして描かれているからです。

 

愛と哀しみの果て (字幕版)

愛と哀しみの果て (字幕版)

  • ロバート・レッドフォード
Amazon

映画『愛と哀しみの果て』(Amazon Prime Video・字幕版)

 


 ――それでも映画を見れば、そこには広大なアフリカの大地が映されているし、サファリの動物たちとともに、コウノトリの姿も見られます(日本のコウノトリとは別種)。アフリカ大陸に足を踏み入れたことのないわたしにとって、コウノトリがアフリカにいるなんて、『アフリカの日々』と、『水曜どうでしょう/初めてのアフリカ』(HTBテレビ/2013~14年)に触れるまで、知りませんでした。

 

 ロマンスである『愛と哀しみの果て』には、(当然というべきか)上述の“コウノトリ絵描きうた”、は出てきません。しかしわたしたち人間にとって――わたしがいうまでもないけれども、恋愛と同じくらい、あるいはそれ以上に、お話やうた――、わたしたちのそばにいる、わたしたちとは近くて遠い存在=あらゆる生き物たち――。これらはわたしたちの生きるうえで、必要不可欠、エッセンシャルなものなのです。カレン・ブリクセン=イサク・ディネセンが、『アフリカの日々』というメモワールに、あえてこの“絵描きうた”を書かずにはおれなかったのも、そういうことじゃないかとわたしは思っています。

 

 では、今週も、探鳥の愉しみを音楽にリプレースする企画、「インドア文化系ヴァーチャル探鳥」こと「野鳥と音楽を愛する人のためのApple Musicプレイリスト 」をお楽しみください。

 

プレイリスト「2022.07_雀ノ欠伸」

※以下、選曲は全て、「演者/曲名」で表記しています。
※下記プレイリスト名のリンクより、Apple Musicで聴くことができます(Apple Musicのメンバーシップが必要です)。

2022.07_雀ノ欠伸」(選曲:ソト

M01. Abraham Marder/Green(An Original Song from the Motion Picture “Sound of Metal”)
M02. 角銅真実/いかれたBaby
M03. Soucy Dog/雀ノ欠伸
M04. Better Oblivion Community Center(Conor Oberst & Phoebe Bridgers)/Dylan Thomas
M05. Fenne Lily/Solipsism
M06. 青葉市子/不和リン
M07. Sweet William/Fly Love 
M08. STUTS & 松たか子/Presence Remix(feat. T-Pablow, Daichi Yamamoto, NENE, BIM & KID FRESINO)
M09. HONZI/TAKE A TRIP
M10. 大友良英 スペシャル ビッグバンド/Hong Kong Hong Kong Hong Kong
M11. Kacey Musgraves/Fix You
M12. メトロロ/おおなみこなみ

Green by Abraham Marder - From the Film 'Sound of Metal' - YouTube:映画『サウンド・オブ・メタル』(2019年)の主題歌。冒頭には鳥たちの鳴き交わす声が。

 

 本連載「Bird Songs in Apples(野鳥と音楽を愛する人のためのApple Musicプレイリスト)」は、引き続き毎週水曜更新予定です。次回もお楽しみに!

 

【Apple Music オフィシャルサイト】

 

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