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映画レビュー『運び屋』――映画を観た翌日、子どもたちの歌う「Shangri-La」を聴きながら考えたこと。

 

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運び屋
原題:The Mule
製作年:2018年
監督:クリント・イーストウッド

 

wwws.warnerbros.co.jp

 

2019年3月12日の現実。 

 

2019年3月12日、レイトショーで本作『運び屋』を観ていた私は、その晩駆け巡ったという、電気グルーヴ、ピエール瀧の逮捕のニュースを知る由もありませんでしたし、帰ってからも単身赴任のアパートにはテレビもなく、その日はラジオのニュースも聴かず、ネットニュースも読まずに、自分の読みたいもの=最高だった『運び屋』の余韻に浸りながらパンフレットのテキストを読み、自分の聴きたいもの=お気に入りのラジオ(音楽番組)のアーカイヴを聴きながら眠りにつきました。

 

しかし御年88歳。『運び屋』制作時で87歳の映画監督・俳優のクリント・イーストウッドは、「ニューヨークタイムズ・マガジン」に掲載されたというルポルタージュを原案とした“90歳の運び屋”を題材にしたシナリオを自作の脚本として選び、そして主演しています。

 

現代最高の映画監督と、市井の一般ピープル、アラフォーの田舎者の自分を比較するほど不遜ではありませんが、どちらが「今“私”が生きている現実」に関心をもって、コミットしているかということは比較するまでもありません。

 

一夜明けて今晩(2019年3月13日)、いつものように夕食時に子どもたちと自宅にいる妻に電話すると、小学生と入園前の息子ふたりが、

 

夢でKISS KISS KISS
KISS KISS KISS
いつでもいつまでも
キラめく様な甘い思いに
胸ときめいていた あの頃の様に

電気グルーヴ「Shangri-La」(作詞:電気グルーヴ)

 

と愉しそうに歌っています。ある種のセンチメンタルな感慨を抱いてテレビのニュースを眺めていたらしい妻とは違って、息子たちは以前から好きだったこの歌が、報道に合わせて流れてくるのを何度も耳にして、今夜は歌うのが止められない。といった様子。

 

ポップソングの持つ中毒性、とか書くと出来過ぎた、いや出来の悪い小咄のようであまりに稚拙だけれど、『運び屋』でイーストウッド自身が演じた“90歳の運び屋”、デイリリー(1日だけ開花するユリ)の栽培で著名な園芸家、アール・ストーンが手を染めた「運び屋稼業」も、彼にとっては非常に中毒性が高かったことが、本作のストーリーテリングを通して伺われます。

 

僅かな残りの人生を自分のものとして取り戻す。

 

その道のトップの園芸家として名声を欲しいままにしていたアールが、急激に浸透したインターネット販売によってその座を追われること。家庭を顧みない仕事人間として、妻や娘に疎まれるさま。「運び屋稼業」にアールを誘うメキシコ人麻薬カルテルとの出会い。そして繰り返しその「仕事」にのめり込む様子。――などなどが、イーストウッドの映画以外ではあまり観たことのない、しかし近年のイーストウッド作品では当然の、淡々とした語り口で綴られていきます。

 

あまりにも簡単に、サクサクと、取っかかりも引っかかりもなく進むお話が、何故こんなにも面白いのか。映画音痴の私にはその技術的な手腕・手管は全然わからないのですが、長年園芸家としてアメリカ各地をトラックで転々と旅する生活を続けてきたアールは、そもそも運転することが大好きで、一度に百キログラムを超えるという、バカげた量のコカインをピックアップ・トラックの荷台に載せながら、カーラジオから流れるお気に入りの歌に合わせていい調子で鼻歌をうたってさえいる! それによって得られる、彼にとっては(誰にとっても)法外な報酬で、疎まれていた家族や友人たちを援助することも、アールには心地よかったことでしょう。

 

アンディ・ガルシア演じる麻薬カルテルのボスに、歓待として美女をあてがわれて、年甲斐もなくはしゃいだりするアールには、映画としてのお約束のように転落が待ち構えるけれど、彼はそれを受け入れることで、僅かな残りの人生を自分のものとして取り戻します。

 

原案のルポからは実在の“90歳の運び屋”、レオ・シャープのバックストーリー、人となりは伺い知ることはできず、本作でイーストウッドは、脚本家とともに、自身を重ね合わせて主人公アールとその家族を創造したといいます(パンフレット掲載の町山智浩氏による監督インタビューによる)。

 

忘れらない映画と夜。

 

映画『運び屋』の、奇想天外な実話をベースにしながら恐ろしいほど淀みなく流れる1時間55分は、後悔も反省も引っくるめて、人生なんて、映画なんてそれでいいんだよ――、そう言っているように私には響きました。現実の人生を自分の手にハンドリングし、自分の手でドライブするにはしかし、相応の覚悟も決断もいるでしょう。そのことも本作に描かれているし、私は息子たちが今日、「Shangri-La」を歌うのを聴きながら感じました。

 

人生の終盤で、イーストウッドが自身の演技と演出で映画と人生そのもの見せた本作は忘れられない映画になりそうだし、子どもたちの歌う、メランコリーなニュースとは遠く離れた、美しく可愛らしい「Shangri-La」を聴いた今夜は、忘れられない夜になりそうです。

 

A(エース)

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