ソトブログ

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映画レビュー『ガタカ』――このちょっとおセンチで、緩さも感じさせる一種の青春SFが、誰かの名刺代わり、オールタイムベストにもなり得る理由。

 

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ガタカ
原題:Gatacca
製作年:1997年
監督:アンドリュー・ニコル
あらすじ:
遺伝子操作によって生まれた、優れた知能・身体を持った「適正者」が優遇される近未来。自然妊娠で生まれたヴィンセントは、彼ら「不適正者」には道の閉ざされた宇宙飛行士になる夢を叶えようと、闇のDNAブローカーの手を借りて、事故で下半身不随となった優秀な遺伝子を持つジェロームに成りすます。宇宙局「ガタカ」の局員となり、ジェロームの生体IDを利用して生体認証をくぐり抜けたヴィンセントは、不断の努力で訓練でも適正者に引けを取らない成績を上げ、晴れて宇宙飛行士に選ばれるが……。

 

※ネタバレに関わる記述があります。

 

ハードSFの皮を被った「ボンクラ青春映画」(本人たちはシリアスで、それがまたいい)。 

 

この映画の後半、クライマックスに近い場面で主人公、ヴィンセント(イーサン・ホーク)が宇宙局「ガタカ」の同僚・アイリーン(ユマ・サーマン)に言うこんな台詞――。

 

「何が不可能か君にはわかるはずだ。欠点を探すのに必死で気がつかなかっただろ。こんな言葉は慰めにはならないだろうが、可能なんだ。」

 

映画『ガタカ』字幕より採録。

 

 

初めて観た十数年前に私は、この台詞を覚えていたくてメモを取って、その頃書いていたウェブ日記にも記した記憶があります。それくらい私の印象に残っているこの台詞にも表れているように、本作は遺伝子操作によって選ばれし者が優遇される、行き過ぎた能力主義とそれを支える優生主義的な思想を世界観の骨格にした、近未来ハードSFの外見をしています。しかしながらその実相は、かなりオーソドックスな、いわば「青臭い」青年の成長物語だということが看て取れるのです。

 

もっと下世話に表現するなら「ボンクラがエリートに混じって夢を掴むために、多少法に触れるような手段も使いながら、懸命に努力して這い上がる話」。私がこれを初めて観たときは20代なかばで、初めて勤めた会社をすぐに辞めて、無職のまま、東京の安アパートで独り、悶々としていた時期ですから、これが“刺さる”のもなおさらです。

 

主人公ヴィンセントを演じるイーサン・ホークの、典型的な優男感、屈折した感じもいい。これも身も蓋もない言い方をすれば、「友達いなさそう」。そのイーサン・ホークが“名義借り”する赤の他人、元スポーツ・エリート(水泳の金メダル候補だった)で今は半身不随となったジェロームを演じるのがジュード・ロウというのがこれまた、いい。

 

全てのボンクラたち(というか若き日の自分)の、“叶わない夢”であると同時に“あり得べき希望”として。

 

イケメン俳優同士といってもタイプのかなり違う、この一見似ても似つかない二人を取り違えさせる、というアイデアというかキャスティングによって、この映画はもう成功していると思います。少なくとも東京に友人もおらず、――いや、旧友がいなくはなかったけれども、自分が“堕ちて”いるときには連絡は取りにくいもので――孤独を噛み締めていた私にとって、「不適正者」すなわち持たざる者であるヴィンセント=イーサン・ホークが、「適性者」=持てる者の成れの果てであるジェローム=ジュード・ロウと、青春映画らしい「奇妙な友情」で結ばれる物語(それは例えば、ジョックス(体育会系)とナード(オタク)がスクールカーストを超えて友情を育む学園映画のアナロジーと見ることもできます)は、“叶わない夢”であると同時に“あり得べき希望”でもあると思えました。

 

今回久しぶりに観返してみて面白かったのは、ヴィンセントと、「適性者」である弟・アントンとのエピソード。ヴィンセントは青年時代、何をしても勝てなかったアントンに、ある日、度胸試しの遠泳で勝ったことをきっかけに、「ここではないどこか」を夢見て、家を出ます。そして放浪の果てにジェロームというパートナーを得て、宇宙飛行士の夢を叶えられる宇宙局「ガタカ」へ潜り込むことに成功するのですが、そこへ立ちはだかるのが、捜査官としてガタカで起きた殺人事件を調査し、ヴィンセントを追い詰めるアントンです。ここで二人がこの物語にけりを付ける「対決」の方法として選ぶのが、かつてヴィンセントが唯一アントンを負かしたあの「度胸試しの遠泳」だというのは、本人たちがいたって真剣なだけに切なくてバカバカしくて、笑えてちょっと泣けました。

 

いくらなんでもそれ、ちょっとおセンチで、ぬるくない!? ――そう思わないわけではありません。しかし初めて観た20代の頃の自分や、同じような気持ちでこれを観たかもしれないどこかの、世界中のボンクラ=ヴィンセントたちを想うと、やっぱりこれは愛すべき作品で、観るタイミングによっては、その人の「オールタイムベスト」や「名刺代わりの映画」になる作品だと思うのです。もちろん私も大好きです。

 

愛すべき「左利き映画」/社会が要請するフレームを超えること。

 

そしてこれもネタバレですが、本作は愛すべき「左利き映画」でもあって、左利きである私は、そこもまたグッと来るのです。遺伝子操作と優性思想と差別を描いたSFの核心に「左利き」があるところがミソで、左利きの、可視化されないマイノリティ性を上手く脚本に生かしています。社会が要請する規範やフレームワークを超えること、少なくとも、それらを無批判に内面化してしまわないこと。『ガタカ』はそういう映画だと思います。

 

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