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映画レビュー『ストレイト・ストーリー』――おもいどおりにうごかない(またはデヴィッド・リンチはいつだって私たちの隣人)。

 

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ストレイト・ストーリー
原題:The Straight Story
製作年:1999年
監督:デヴィッド・リンチ
あらすじ:
アメリカ・アイオワ州に住む73歳のアルヴィン・ストレイトは、娘のローズと二人暮らし。ある日、10年来仲違いしていた76歳の兄ライルが心臓発作で倒れたという電話が入り、アルヴィンは兄に会いに行くことを決意する。ライルが住むウィスコンシン州までは560キロ。車で行けば1日の距離だが、何とアルヴィンは時速8キロのトラクターで旅に出た。
(「映画.com」より ストレイト・ストーリー : 作品情報 - 映画.com )

 

映画『ストレイト・ストーリー』、DVDで観ました。

 

デヴィッド・リンチ異色の人情物?

 

1999年に公開された本作は、デヴィッド・リンチ監督作としては異色の人情物だと言われています。しかし、デヴィッド・リンチの映画が感動のヒューマン・ドラマでなかったことは一度もなかったのではないか。私は『ストレイト・ストーリー』を観ながら何故か、ずっとそう感じていました。

私たちはリンチの映画の登場人物と同じように、物事がままならないことを(経験的に)知っています。
恋愛は成就せず、部下や上司に恵まれず仕事は難航する。ときには、感情や身体さえ、思い通りにならない。そんなとき、私たちはリンチの映画と同じように、憤り落胆し、顔を歪ませて泣き崩れ、あの野郎をぶん殴りたいと思ったり、呆然と立ち尽くして途方に暮れます。


『ストレイト・ストーリー』ではとくに身体性が際立っています。
本作の主人公、アイオワに住む73歳の老夫、アルヴィン・ストレイトは目も脚も不自由な身体を抱え、遠く離れて住む老兄に会いに行くことを決意しますが、彼の交通手段はトラクターだけ。
時速8キロのそれは、身体の自由を失って久しい、彼の似姿であり、彼の身体の延長と言っていい。
経済状況や社会的地位と異なり、身体の衰えは(平等に、とは言わないまでも)誰にでも訪れるものであって、だからこそ『ストレイト・ストーリー』は、リンチ映画のなかでも私たちに近しさを感じさせる一作だと言えるでしょう。

 

リンチは俯瞰しない。


アルヴィンの思いつきや頑なさは、少しでも離れて、客観的に見れば滑稽で馬鹿馬鹿しいものに映りますが、リンチの映画では、主要な人物を鳥瞰して嘲笑することは決してありません
むしろ主人公たちが迷い、混乱するとき、リンチの映画のストーリーもまた、私たちの想像し得ない領域に迷い込むように感じます。
しかしデヴィッド・リンチの映画はそのイメージほど、支離滅裂で破綻したものではなく、より難解と言われれる『マルホランド・ドライブ』や『インランド・エンパイア』でさえ1本の長編映画としてまとめたように、リンチは映画監督であって、彼の映画をコントロールしています。リンチはあえて、登場人物の主観から離れないのでしょう。

 

私たちの隣人としてのリンチ。


アルヴィンは道中で、ハイカーの若い女性に出会います。彼女は妊娠しており、そのことを家族にも恋人にも言えず、家を飛び出したようです。真夜中の畑の傍で野宿をして焚き火を囲みながら、アルヴィンは彼女に語ります。

 

(アルヴィン)
誰もあんたやその子を失っていいほど――
怒ってやしない

 

(女性)
どうかしら

 

(アルヴィン)
ともあれ室内の温かいベッドの方が――
心地いいはずだ
こんなジイさんとウインナーを食うよりもな

 

『ストレイト・ストーリー』字幕より採録

 

リンチの映画では異例に見える他者への暖かい思いやりの言葉は、リンチがいつでも、私たちの隣人であって、リンチの映画が狂っているように見えるときは、私たちもまたおかしいのであり、同じものを見て、心温まるヒューマン・ドラマだと感じられる日もあるはずだと、示しています。

 

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