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映画レビュー『カイロ・タイム 異邦人』――アメリカの"YOU"ことパトリシア・クラークソンが魅せる、大人の関係。

 

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カイロ・タイム 異邦人
原題:Cairo Time
製作年:2009年
監督:ルバ・ナッダ
あらすじ:
女性誌の編集者、ジュリエット。彼女はパレスチナのガザ地区で働く国連職員の夫と休暇を過ごすため、エジプトの首都、カイロを訪れる。ところが夫はトラブルで到着が遅れることに。異国の地で独り、夫を待つことになったジュリエットは、以前夫の部下であったエジプト人のタレクに街を案内してもらう。 

 

ハリウッドの”YOU"、パトリシア・クラークソンの主演作。

 

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はじめて観た彼女の出演作は何だったか、パトリシア・クラークソンは日本のタレント・女優のYOUにすごく似ています。見た目だけでなく、雰囲気、喋り方まで、互いに入れ替わっても違和感のないくらい。とくに、エマ・ストーンの母親役を演じた『小悪魔はなぜモテる?!』(原題:Easy A、2010年)やウディ・アレンの『人生万歳!』(原題:Whatever Works、2009年)で見せたような、奔放で、無責任だが憎めない母親役を演じる彼女は、まさにYOUそのもの。たとえばYOUが演じた『誰も知らない』(2004 )の母親を、パトリシア・クラークソンが演っても違和感がないのではないでしょうか。

 

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  四面楚歌なエマ・ストーン演じる主人公を見守る、ちょっとぶっとんだくらいリベラルな両親を、パトリシア・クラークソンとスタンリー・トゥッチが好演しています。

 

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『小悪魔はなぜモテる!?』よりさらにいかれた母親(田舎の保守的なお母さん→前衛アーティストに転身)を演じて嫌味も不自然さもないパトリシア・クラークソンはやっぱりYOUみたい。 

 

この『カイロ・タイム 異邦人』では、先に挙げた2作のような彼女のコメディエンヌ的な側面よりも、“大人の女性”としての、地に足のついたドラマに焦点が当てられます。とはいえ、初めてやってきた中東の都市、イラクの地で、彼女は表面上、落ち着いたそぶりを見せますが、内心は不安を抱えています。ホテルに閉じ込められたようにしているのにも気が滅入り、夫に「独りで外を出歩いてはいけない」と言われていたものの、外に出て見れば男たちが好奇の目でゾロゾロとついてきては、ナンパをしてきます。(そのときの彼らの距離感の近さが、欧米とも、日本とも違うパーソナルスペースの感覚を如実に表してもいます。) 

 

メロドラマでも、観光映画でもない。

 

夫の到着が更に数日単位で遅れそうだとわかり、夫の代わりに出迎えてホテルまで案内してくれた、かつて夫の許で警備として働いていたエジプト人、タレクに街を案内してもらうことになり、彼についてカイロの街を散策します。そして、ストーリーとしてはほぼこれだけで、あとは、表面上は何も起こらないといっていい。なのにこれほど、スリリングで、しかも落ち着いた、エジプトの空気のごとく文字通り熱のこもった映画を、私はあまり観たことがありません。

 

二人の道行きを通して、観客はタレクの経営するカフェや、街の露店、砂漠、ピラミッドなど、カイロの様々な場所、風俗を見ていくことになって、一見するとただの「観光映画」のようにも見えます。しかし、バスの隣に座った訳ありの若い女性に手紙を託されたり、そのバスが軍隊に止められてバスを下ろされたり、淡々とした作品であっても事件らしいことが起こらないわけではない、ということだけではなくて、本作には通奏低音のように流れる濃密な空気感、ジュリエットとタレク、二人の間に流れるそれが醸し出す、じりじりとした緊張感で、本当に90分間、目が離すことができません。

 

熟年といっていい二人の間の距離は、夫の部下だったエジプト人男性と、かつての上司の妻のアメリカ人女性という不均衡さを越えて、近づいていきます。ふつうのメロドラマなら、それが一線を越えてしまうことをドラマとするでしょう。そして異国の地、しかも情勢不安定な中東が舞台ということになると、いくらでもドラマチックな展開を作ることもできそうです。しかし、この映画ではことごとくそれをしない。ただ、互いに好感をもった大人の男女が、共にひとときの時間を過ごす。しかし決定的な言葉は口にせず、行動も起こさない。

 

一線を“あえて”越えない、ということ。

 

しかし本作は、「薄味のメロドラマ」ということではなく、この「一線を越えない」というエレガントで、スマートな大人の振る舞いこそが主題だと思うのです。エジプトはこの映画のあと、ムバラク大統領の独裁体制が崩壊します。シリア人の父とパレスチナ人の母を親に持つ女性、ルバ・ナッダ監督が、伊達や酔狂でカイロを舞台に選んだということはないでしょう。もちろん、この映画自体に、表面的にも、深層にも、政治的なテーマを置いている、というふうには見えません。しかし、越えようと思えばいくらでも越えられる一線を、“あえて越えない”という個人の選択の先にあるものまで、見通している、とさえ感じられます。あるいはエジプトの風景が、町並みが、人々が、この映画では本当に美しく捉えられているからなのか。そして成熟した大人のあるべき理想的な姿のひとつとしてのパトリシア・クラークソンの存在感。やはりこれからも、見逃すことができない女優です。

 

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