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映画レビュー『マディソン郡の橋』――ラブストーリーがくだらないなんて誰が言った?

 

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マディソン郡の橋
原題:The Bridges of Madison County
製作年:1995年
監督:クリント・イーストウッド
あらすじ:
夫と子どもたちが旅行に出かけているあいだ、一人きりになった主婦のフランチェスカ。その「空白の4日間」。フランチェスカは屋根付き橋の撮影にやってきた雑誌『ナショナル・ジオグラフィック』のカメラマン、ロバート・キンケイドに出会い、恋に落ちるのだが……。

 

※ネタバレがあります。

 

流れ者の中年男と有閑マダムの不倫恋愛映画を観る意味がどこにあるのか?

 

“恋愛したらスクールカースト三段落ち”――真偽の程はアラフォーの私は知る由もないし知る気もありませんが、そんなことさえ囁かれる世のなかであって、20年も前の、アメリカの片田舎を舞台とした、「流れ者の中年男と有閑マダムの不倫恋愛映画を観る意味がどこにあるのか」、という人がいても不思議ではないような気がします。

 

数限りないイーストウッドの主演作、監督作を観尽くしたわけではありませんが、それなりに観て、愛している私でも、童貞だった高校生当時に、原作小説とともに一大ブームとなったこの『マディソン郡の橋』は、さきほどかぎ括弧で括った疑問によって、長らく観ようという気になりませんでした。

 

それを今更のように観たのにはとくに理由はなくて、日常的に映画を観るようになると、「今日どれを観るのか」というときに選ぶ根拠はより薄く、ハードルは日々低くなっていくようです。――しかしながら結果として、今作は今になって観ることができて、本当に良かったと思います。

 

恋愛という不合理。

 

恋愛というのは本来、不合理で非効率なものです。来る日も来る日も相手のことを考え、学業や仕事が手につかなくなったり、場合によってはそれまでの人間関係や、家庭、社会的地位さえも失うことになります。

 

本作における主人公、アイオワの農場の主婦、フランチェスカ(メリル・ストリープ)と、そこを訪れた写真家ロバート(クリント・イーストウッド)も偶然の出会いによって、あらかじめ限られた四日間の恋に落ち、その終わりに、それまでの人生を捨て去ってこの恋を成就させるのか、という究極の選択を迫られます。あえて言及はしませんが、その答えは明らかでしょう。

 

この二人の、四日間の行動や、その後の選択、更にそれに続く人生の送り方、終わらせ方についても、ここではその是非を言及しません。描かれていることが恋愛である限り、彼や彼女が何故相手を好きになり、何故他の誰かでなく彼や彼女でなければならないのか――例えば本作においてカトリックのイタリアの田舎町から、新天地アメリカを求めたフランチェスカの、しかしアイオワという空間的には広大な土地の、閉鎖的な社会での孤独感や、根無し草として生きてきたナショナル・ジオグラフィックのフォトグラファー、ロバートとの生き方の対比によって、彼らが引きつけ合う理由を説明できたとして、――究極的には方程式のように解くことはできません。論理的な帰結を得ることもない。

 

イーストウッドとメリル・ストリープの「瑞々しさ」。

 

だからフランチェスカとロバートは、互いの立場ゆえにこの四日間という、あまりにも短い時間のあいだに反目する場面があっても、結局のところ彼らが取る行動はロジックでは説明できない。

 

そしてイーストウッドの演出は、彼らの感情の昂ぶりや懊悩、歓びや焦りや哀しみの一つひとつを、丹念に描写します。不器用に、はにかむように微笑むロバート=イーストウッドや、初めての会食のあとに、ロバートの与太話に子どものように笑うフランチェスカ=メリル・ストリープの、少年少女のような瑞々しさ!

 

フィクションがフィクションである理由。

 

やはりここでネタバレをしますが、彼らが、特にフランチェスカがロバートとの人生を選ばないことによって、この作品は「純愛の不倫」を描きながら、消費されるメロドラマを越えて多くの支持を得たわけですが、フィクションが現実の処方箋や指南書でないことは、私の今ここで書いているこのようなブログでさえ、「ただ書きたいことを書く」のではなく“小遣い稼ぎ”とか“承認欲求”によって書かれる時代にあってますます理解されなくなっているのであって、この物語がこうした結末であることは、(原作者や脚本家、そして監督の意図はどうあれ)本当は理由がないものなのです。それこそがフィクションがフィクションである理由です。

 

だからこそ本作は、身も蓋もない言い方をすれば「凡庸な恋愛映画」であり、それゆえに今も色褪せない傑作だと言えるでしょう。ラブストーリーがくだらないなんて誰が言った?

  

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