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映画レビュー『マイノリティ・リポート』――あらゆる要素をまとめ上げるスピルバーグの“過剰さ”。

 

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マイノリティ・リポート
原題:Mirority Report
製作年:2002年
監督:スティーヴン・スピルバーグ
あらすじ:
予知能力者「プリコグ」の能力によって殺人を未然に防ぐ、「犯罪予防局」が設置された2054年のワシントン。犯罪発生率を90%も減少させたそのシステムにより捜査を行う犯罪予防局のアンダートン刑事だったが、自らが手を染めるという殺人が予知され、追われる身となる。

 

第一回スピルバーグ総選挙。

www.tbsradio.jp

私も毎週聴いているTBSラジオ「ライムスター宇多丸のウィークエンド・シャッフル」で、明日、10月21日の放送において、リスナー投票で選出する“一番好きなスピルバーグ作品”を選ぶ『第1回スピルバーグ総選挙』が開催されるとのこと。私はスピルバーグ全作品を観ているわけではないのですが、折角のお祭りということで、選んでみました。もちろん22日の衆院総選挙も行きますが、正直前日放送のこちらの方が楽しみ。

 

一つひとつが個性的かつ完成度の高い、様々な要素で構成された作品世界。

さて、今回頭のなかですぐに浮かんだのがこの『マイノリティ・リポート』だったのですが、今回、これを書くために観直してみて(年1回くらいは観ている気がしますが)、改めてすごいと思うのは、あらゆる要素を目一杯詰めこんでおきながら、「スピルバーグ印」がきっちり刻印されている、と感じられるところ。

 

本作はそれぞれ個性もインパクトも強い、様々な要素が詰め込まれた作品です。

 

――フィリップ・K・ディックの原作に由来する、プリコグ(予知能力者)による殺人予知システムという、ディストピアSFとしての側面。予防拘禁とも言える――というか、そのもののシステムによって、殺人発生率が0%になった2054年の首都ワシントンDC、という、ディックが書いた頃の反共、赤狩りの行われていた1950年代のアメリカの状況の写し絵にもなっている世界観。

――当時40歳間際、アクションスターとしても演技派としても評価を上げ、脂の乗り切った大スター、トム・クルーズ。失った家族のビデオを繰り返し見ながら薬に溺れる退廃的な生活を送る犯罪予防局の刑事ジョン・アンダートンが、追われる身になって必死に逃げるさま、真実を追い求める姿に、観客が感情移入し一喜一憂できるのは、超人的な人物を描いてさえ、チャーミングさを失わないトム・クルーズという俳優の独特の魅力のゆえだと感じられます。

――網膜認証やホログラムの空間操作など、次々と現実になっている予言的な科学技術の数々。初めて観た当時は、街頭の広告がピンポイントで個人に向けられていることにある種の恐ろしさを感じたり、認証を逃れるために眼球を取り替えるなどにはおぞましさを覚えたものですが、前者は既にネットでは当たり前の技術になっていて、トム・クルーズがケレン味たっぷりに動かして見せるホログラム映像の操作でさえ、もはや現実になりつつあります。

――脚本家、スコット・フランクの手に拠る部分が大きいと言われるサスペンス、ミステリー要素(アガサ、ダシール、アーサーという3人のプリコグの名前!)。アンダートン刑事のトラウマや、プリコグであるアガサ、犯罪予防局のラマー局長の過去など、様々なファクターを謎解き、ストーリーの核へと収斂させていく脚本の見事さ。

 

それらあらゆる要素をまとめ上げる、スピルバーグ一流の“過剰さ”。

それら全ての要素を殺すことなく、まとめ上げているのは、スピルバーグ特有の「過剰さ」なのです。思いつくままに挙げていきましょう。

 

――自身が起こすという殺人予告によって追われる身となったアンダートン刑事が、網膜認証を掻い潜るために訪れたスラム街で眼球交換を行う闇医者の、異様なまでの不潔さ。ピーター・ストーメア演じる闇医者は青洟を垂らし、助手の女性は傍で用を足して手も洗わずに施術を行います。

――垂直に滑空するハイウェイから飛び降りたアンダートンが窓を破って飛び込んだヨガ教室の、両脚の間から逆さまに頭を通したまま、近づいてくる女性。ほとんどギャグでしかないシークエンスですが、緊張感の続く追跡劇のなかで、異様なテンションを更に高めるアクロバティックな手段だとも思えます。

――網膜認証のためにとっておいた眼球が、コロコロと床を転がっていき、慌てふためいて取りに走るトム・クルーズ=アンダートン。こういう観客のための過剰なサービスにも思えるシーンを、「必死に慌てふためくさま」が他の誰よりも似合うトム・クルーズにこそ演じさせる的確な演出。

――プリコグによる殺人予知システムの考案者、ハイネマン博士のサイコ感、異形の植物たち(少数報告の在り処を告げる博士は、何故かアンダートンの“唇”にキスをする!)。研究の過程でたまたまこのシステムを作り上げたとハイネマンは言いますが、ただのマッド・サイエンティストというには奇妙な程の生々しさ、ある種のエロティックさまで醸し出しています。

――生まれたての赤子のように叫ぶアガサ(サマンサ・モートン)。彼女の演技は本当に素晴らしく、システムの一部として「飼われている」予知能力者、というある種現実離れしたSF設定の人物に、年齢も性別も超えたリアリティを与えています。彼女がアンダートンと「聖域」を脱出し、逃避行のなかで見せるビビットなリアクションのテンションが、物語のクライマックスをこれ以上ないくらい引っ張っています。

 

――そんな一つひとつの要素は笑っちゃうくらい、あるいは引くほど過剰なのに、物語の吸引力は失われず、軽さとシリアスさを同居させたまま、ラストの大団円まで突っ走り、しかもハリウッド的なハッピーエンディングまで持って行ってしまいます。

これが監督の“技”であり“業”でなくて何でしょうか? ルックスもアクションも一つの頂点といって差し支えない、トム・クルーズの主演作としても最高峰の本作こそ、スピルバーク最高の一作だと思います。

 

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