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映画レビュー『恋するふたりの文学講座』――ロマンティックコメディの皮を被った「俺たち」ムービー。

 

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 恋するふたりの文学講座
原題:Liberal Arts
製作年:2012年
監督:ジョシュ・ラドナー
あらすじ:
ニューヨーク在住・35歳独身・文学好きのジェシーは恩師の退官パーティのため母校を訪れる。そこで出会った女子大生ジビーとは、年齢も趣味も異なるが、次第に打ち解けていく。彼の好きな文学、彼女の好きな音楽の話をするうち、互いに惹かれていくが、ジェシーはジビーとの年齢差に戸惑いを見せて……。

 

邦題と、“35歳の独身男性と19歳の女子大学生の出会い”というプロットから、いかにもなロマンティックコメディを想像しますが、この手の、低予算のアメリカ製ドラマ映画は注意が必要です。タイトルからも日本版ソフトのパッケージヴィジュアルからも、映画のジャンルやストーリーの内実が推し量れない、というよりミスリードされることが多いのです。
恋愛要素が少しでもあれば、“適度にライトでおしゃれな恋愛コメディ”といった体のジャケットにデザインされ、パッケージに印刷されたキャッチコピーや作品紹介(上記の「映画.com」のようなサイトの作品解説も同様)も、その線で書かれます。本当に恋愛がメインの、いかにも軽いコメディの場合もありますが、そうではない、もっとニュアンスのある、ヒューマンドラマだったりトラジコメディだったりすることも多いのです(軽いコメディ自体はわたしの好物でもありますが)。
というわけで、まずは原題をチェックします。

 

原題は「リベラル・アーツ」。一見オールドファッションな恋愛映画に見えるが、実は――?

 

この映画の原題は、"Liberal Arts"。

素直に直訳するなら、そのまま「リベラル・アーツ」か、「教養学部」あるいはもっと単純に、「教養」といったところでしょうか。
そしてこの映画を観終わったいま、私にはこの映画の主題は恋愛というより、「教養」、この映画での教養の描かれ方においては、「本を読むこと」だと思えます。

 

監督・脚本・主演のジョシュ・ラドナーが演じる35歳のジェシーは、かつての恩師、ホバーグ教授の退官パーティに招かれて、10数年ぶりに母校の大学を訪れます。そこで19歳の大学生、ジェシーと出会い、彼女のティーンらしい奔放さや、意外にも(彼にはそう思えた)クラシック音楽が好きだというセンスの良さに好意を抱き、ニューヨークでの生活に戻ってからも、彼女と「文通」を続けるうち、その「好意」は、“母校の大学の、年の離れた後輩”以上のもの、すなわちストレートな恋愛感情に育っていきます。

 

それがいわゆる一幕目で、ここまでの二人のやりとりは、文通という道具立ても含めて、少し古風すぎるくらいの恋愛ドラマといっていいでしょう。大学生のジビーを演じるエリザベス・オルセンの瑞々しさ、あるいは役柄としては35歳、実年齢も30代後半のジョシュ・ラドナーの、ちょっと学生崩れ感のある、若干の頼りなさげな雰囲気も、年の離れた二人が惹かれ合っていく過程を、自然に、そして魅力的でかわいらしく見せることに繋がっています。

 

魅力的な脇役たち。

 

しかしこの映画のストーリーは、この二人の「恋」が成就するのかどうか、という点を求心力として展開する、という方向とは少し違います。

映画の全体の雰囲気としては、どちらかというとコメディ的なニュアンスを帯びた、しかし地に足の着いたドラマといった趣きです。

二人のやりとりと並行して、躁鬱病のディーンや、ヒッピー風の自由人、といった趣のナット(ザック・エフロン)などのジビーの同窓生や、リチャード・ジェンキンス演じるホバーグ教授、彼と、その元後輩で現・学部長との確執、あるいはジェシーが大学時代最も尊敬していた英文学教授・フェアフィールド(いかにも「美魔女」な雰囲気のアリソン・ジャニーが好演しています)とのエピソードなどが綴られますが、ここで特筆すべきなのは、これらがほぼ、ジェシーの視点で描かれる、ということです。しかも、ジェシーとジビーのエピソードのあいだのおまけ、ではなく、あくまで並列的で等価なものとして、です。

 

ミドルエイジ・クライシス。あるいはラブコメの皮を被った「俺たち」ムービー。

 

その意味で、この映画は、ジェシーとジビーの年の差ラブストーリーというよりも、30代半ばを迎えたジェシー(を演じ、この映画の監督でもあるジョシュ・ラドナー自身)の、ミドルエイジ・クライシスを描いているのです。

彼は古書店に入り浸り、好きな本に囲まれた自由な独身生活を謳歌していますが、進学コンサルタントのような仕事をしているらしい自身の職業には飽いており、恋愛を始めとした他者との交わりも希薄です。

母校への 帰還、そして自身がかつてそうであった、未知なる可能性に満ちた若者たちとの交歓、さらに自らの将来の似姿である恩師たちの姿をみて、自身の来し方と行く末を見つめ直す物語になっています。

身も蓋もない言い方をすれば、この映画は監督と同じ、30代以上のおっさんに向けた応援歌のような映画なんだと思います。

 

決して多くはない登場人物との出会いや、個々のエピソードの発生など、主人公にとって都合のいいタイミングで事が起こる、ご都合主義な部分も散見され、とくにジビーを始め女性をめぐるエピソードではそれが顕著な気もして、女性の視点ではどう見えるのか、気になるところではあるのですが、私自身は監督、そしてジェシーと完全に同世代であり、共感するところも多いドラマでした。

ジェシーは決して頼れるヒーローでも、高潔な人物でもありませんし、その行動についても疑問符がつくようなところも多々あって、だからこそ“俺たち自身”というか。

 

すなわちこの『恋するふたりの文学講座』は、ロマンティック・コメディふうの見た目をしていますが、その実、ウィル・フェレルやスティーブ・カレル、サイモン・ペッグやニック・フロストといった面々の、所謂「俺たち」映画、「ブロマンス」映画の系譜に連なるものとして見ることもできそうです。

 

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すごくわかりやすい「俺たち」映画の解説。ここでいう定義「(おもに)男たちのコンビやチームが、(これもおもにだが)特定の業界を舞台に、とんでもない騒動を引き起こしたりするコメディ」からすると、本作はまったく異なる作風ですが、「俺たち」映画の人物たちの、世代感やキャラクターの資質と、近しいところにある感じがしたのです。  

 

旧約聖書「伝道の書(コヘレトの言葉)」が引用される意味。

 

映画の冒頭、旧約聖書の「伝道の書」(コヘレトの言葉)から以下の引用がエピグラフとして提示されます。

 

He that increaseth knowledge increaseth sorrow. ー Ecclesiastes 1:18
知識を増す者は悲しみを増す
ー伝道の書 1章18節

 

「コヘレトの言葉」は旧約聖書でも異色の文書ということで、全編決定論的なシニシズムに満ちみちています。一見自由意思を否定し、
「いくら努力しても、どうせ運命は決まっているんだからムダだよ。」
――と、ジェシーやホバーグ教授のように、本を読んだり知識を蓄えたりすることは、結局はのところ無意味だと言っているようにも思えます。

 

しかしむしろ、“無限の可能性”を持った若者では最早ない、ミドルエイジを迎えた者たちにとっては、現在の自分をありのままで、再度肯定するものとして響きます。
ジェシーは卒業後も、学生に関わる仕事をしていますが、それは彼の人生のベクトルが「いまここ」ではなく、過去へ向いていたことへのメタファーです。
人生をリニアーなもの、あるいは上り、切り開いていくようなクエストと考えると、“「かつて思い描いていた輝かしい未来」のなかにいない現在の自分”、を肯定することは難しい。しかし因果律から自由な、シニシズムの裏返しとしての現実の肯定によって、私たちは飛躍的に自由になり、ジェシーにとっては、本を読む歓びは一層増すことになります。読書とは、本を読んでいるその瞬間が、歓びなのですから。


「コヘレトの言葉」にはこんな一節もあります。

 

わたしは知っている。人にはその生きながらえている間、楽しく愉快に過ごすよりほかに良い事はない。
(『旧約聖書』(口語訳、「伝道の書」第三章十二節)

 

本作はそんなおっさんの自己肯定によって、彼(ジェシー=ジョシュ・ラドナー)の後輩である若者たちにも、ポジティヴなヴァイブスを届けられたら、と願っている映画だと思うのですが、当の若者たちにはどういうふうに受け入れられるか、訊いてみたいものです。

 

gokuwataeiga.hatenablog.jp

今作のレビュー。各世代の人物を配置することで「人が歳をとるということはどういうことなのか?ということを考えさせる」という視点が面白かったです。

 

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